<19>福博の街とともに歩む 名代ラーメン亭(福岡市)

西日本新聞

左から高力誠さん、夏男さん、陸太郎さん。博多駅地下街店はうえやまとちさんの漫画「クッキングパパ」にも登場した 拡大

左から高力誠さん、夏男さん、陸太郎さん。博多駅地下街店はうえやまとちさんの漫画「クッキングパパ」にも登場した

福岡市博多区博多駅中央街1の1博多駅地下街。ラーメン450円。ラーメン定食750円。営業時間は午前9時~午後9時。定休日は元日。092(441)6626。

 九州の玄関口、JR博多駅(福岡市博多区)の地下街。乗降客や買い物客でにぎわう通りの一角に「名代(なだい)ラーメン亭」が出店したのは1967年だ。今は天神(同市中央区)、大橋(同市南区)の地下街にも進出している。2代目の高力陸太郎さん(75)に話を聞くと「名代」ののれんには福博の街とともに歩んできた歴史が刻まれていた。

 前身は果物店「コーリキ」。終戦直後の47年、現在の福岡市役所北側に生まれた因幡(いなば)町商店街で陸太郎さんの父、正男さん(故人)が開いた。福岡を代表する「因幡うどん」店が誕生した商店街でもある。商売は順調で陸太郎さんも大学卒業後に家業を手伝った。ただそこは都心の一等地。高度成長に突き進む60年代になると、商店街の店舗を集約するビル化の話が持ち上がっていた。

 計画が動きだせば、一定期間の休業は免れない。その間の商いの場として、正男さんが目を向けたのが博多だった。63年に新博多駅が開業し、翌年から駅ビル、地下街、福岡交通センター(現在の博多バスターミナル)が次々と完成した。

 正男さんは交通センターに果物店を出し、67年には博多駅地下街で店舗を確保した。「一足先に進出していた因幡うどんが大繁盛していたから」と天神で食堂を営んでいた、正男さんの弟冨男さん(故人)を呼び寄せ、食堂のメニューの一つだったラーメンで勝負する。一杯70円。いきなり一日300杯売れた。「地下街にラーメン屋がなかったから周りから『独占企業ですね』と言われましたよ」と陸太郎さんは笑う。

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 「父は製麺屋のつてを生かして市内各地のラーメン店を回って修業しました」。冨男さんの長男で、現在は「名代ラーメン亭」博多駅地下街店を仕切る誠さん(67)がそう話すラーメン。口当たりはちょっと甘め。その後に濃厚な豚骨ダシのうま味が口に広がる。シンプルでどこか懐かしく、飽きのこない味だ。

 博多で評判となったこの味を天神に持ち帰った。70年に因幡町商店街の果物店舗の半分を使ってラーメン店をオープン。これも当たったが翌年、商店街は大火災でほとんどの店が焼失した。その火災がビル化を加速させ、76年に「天神第一名店ビル」(現在の天神ビブレ)が開業し、名代ラーメン亭もビルの地下1階に入居した。78年には西鉄大橋駅の改装で生まれた西鉄大橋名店街に店を構えた。

 3店舗とも場所柄、客層はサラリーマンや学生が多い。このため「ラーメンの価格は出来るだけ安くしたい」と3代目の夏男さん(46)。現在は一杯450円。その価格設定も長年親しまれる理由の一つだ。

 店名は正男さんが好きだった浪曲師広沢虎造の語り〈名代なるかな東海道〉からとった。「名代」は「評判高い」という意味だそうだ。 (小川祥平)


=2015/07/16付 西日本新聞朝刊=

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