<36>両性具有社会【闇の左手】

西日本新聞

 毎年夏になると、SF界最大のお祭り、日本SF大会が47都道府県のどこかで開催される。54回目を迎える今年の会場は鳥取県米子市なので、愛称は「米魂(こめこん)」(「こん」は「大会」を意味するコンベンションの略)。僕が初めて参加したSF大会は、東京・浅草で開かれた1980年のTOKON7だった。マスカレードと呼ばれるSF版の仮装大賞がその頃の目玉企画で、いまも鮮明に覚えているのは、照明を落としたステージにすたすた歩いてきた男性の一発芸。右手に持つ懐中電灯のスイッチを入れ、闇の中で反対の手を照らしておもむろに一言、「『闇の左手』」。

 爆笑と喝采が満員の場内を揺るがしたのは言うまでもない。『闇の左手』(小尾芙佐訳、ハヤカワ文庫SF)は、SF大会参加者なら誰もが知っている名作だったし、アーシュラ・K・ル・グィンは当時もっとも有名な女性SF作家だった。なにしろ、1969年刊行の『闇の左手』は、世界の二大SF賞、ヒューゴー賞とネビュラ賞の長編部門2冠を独占。しかも、両賞とも、女性作家の長編が受賞したのはそれが初めてだったのである。この快挙を経て、1970年代には女性のSF作家が大躍進を遂げることになるが、ル・グィンは長くそのトップに君臨しつづけた。

 『闇の左手』の舞台は、遥(はる)か昔に放棄された人類の植民惑星ゲセン。雪と氷に閉ざされ、〈冬〉と呼ばれるこの星では、人類の末裔(まつえい)が両性具有社会を形成していた。ゲセンとの外交関係を結ぶべく派遣された人類同盟の使節ゲンリー・アイは、理解不能の心理、風俗、習慣など、さまざまな困難に直面。やがて奇怪な陰謀の渦に巻き込まれてゆく……。

 《ハイニッシュ・ユニバース》と呼ばれる未来史シリーズに属する長編だが、ル・グィンは、作中にゲセンの民話や伝説を織り込み、文化人類学的な手法を駆使して、異星社会の歴史と文化をリアルに構築してゆく。後半の山場は命がけの冒険旅行。アイは、カルハイド王国の追放された元宰相エストラーベンとともに、真冬の大雪原を横断することに……。

(書評家、翻訳家)

=2015/07/27付 西日本新聞朝刊=

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