<38>時空を超える天使行【兇天使】

西日本新聞

 2012年に長編賞としてリニューアル再開された「ハヤカワSFコンテスト」は、今年で第3回を迎える。9月3日に受賞作が決まる予定ですが、もともとは短編SFの公募新人賞。日本SF草創期の1961年に始まって92年に中断するまで、眉村卓、小松左京、半村良、筒井康隆、かんべむさし、山尾悠子、神林長平、森岡浩之などなど、数多くのSF作家を輩出してきた。入選作がめったに出ないことでも名高く、最後の入選第1席は、79年まで遡(さかのぼ)る。西南学院大学文学部在学中に書いた短編「花狩人」でその栄えある第1席を射止め、華麗なデビューを飾ったのが、54年福岡県生まれの野阿梓だった。とにかく寡作で、30年余の間に出した著書は13冊しかないが、その強烈な個性ときらびやかな文章は日本SF史に異彩を放っている。中でもきわめつきが、86年に出た初の書き下ろし長編『兇天使』(ハヤカワ文庫JA)。

 なにしろ冒頭は、黒い革ジャンを身にまとい黄金の髪をなびかせた美貌の熾天使(してんし)セラフィが、漆黒のホンダにまたがって疾駆する場面。天帝に与えられた密命は、美神アフロディトの子を殺して地上に逃れた悪竜ジラフを捕らえ、天界を脅かす危険を取り除くこと。セラフィの追跡行は時空を超え、1931年夏のゴビ砂漠、紀元前48年の戦火のアレクサンドリアを経て、シェイクスピアが新作の想を練る1599年のロンドンへ……。

 新装版の解説にも書いた通り、本書は、地上に舞い降りた美しい天使の道行きを描くきらびやかなファンタジーであり、萩尾望都、竹宮惠子、山岸凉子、青池保子などの少女漫画群にオマージュを捧(ささ)げる耽美(たんび)文学であり、ハーラン・エリスンばりの華麗な技巧を駆使しためくるめくワイドスクリーン・バロックであり、蘊蓄(うんちく)と衒学(げんがく)趣味に満ちたオカルト伝奇ロマンであり、独自の視点から再解釈した小説版『ハムレット』異説であり、エルシノア城連続殺人事件の謎に挑む本格ミステリであり、人類と国家の問題を巨視的に考察する哲学小説でもある。絢爛(けんらん)豪華な傑作。 

(書評家、翻訳家)

=2015/07/29付 西日本新聞朝刊=

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