心の傷、寄り添う3世 臨床心理士・山下さん

西日本新聞

被爆者の体験を若い世代につなげる活動を始めた山下弥恵さん=3日午後、福岡市博多区(撮影・佐藤桂一) 拡大

被爆者の体験を若い世代につなげる活動を始めた山下弥恵さん=3日午後、福岡市博多区(撮影・佐藤桂一)

 被爆者団体が存続の危機に直面する一方で、被爆の体験を口にしないまま亡くなっていく被爆者も少なくない。なぜ語ろうとしないのか、胸の内に迫ろうと、被爆3世の山下弥恵さん(28)=福岡県宗像市=は臨床心理の面から研究を続けている。被爆した祖母と身近に接してきた3世だからこそ理解したい-。そんな思いで。

 「記憶がないから…」。小学6年の修学旅行で訪ねた広島市の老人ホーム。被爆体験を聞きにいったはずなのに、2人のお年寄りは口をつぐんだ。その姿が目に焼き付いた。別のお年寄りが「悲惨な体験だからこそ話すのを避けたんだよ」と教えてくれた。

 そういえば広島で被爆した祖母(88)も自分に一度も体験を語ったことがない。やがて心的外傷(トラウマ)に関心を抱くようになり、大学で心理学を学ぼうと決めた。

 被爆地にある長崎純心大を選んだ。被爆者自身が体験を演じる劇を見た。治療を受けた福岡の病院で石を投げられた差別の記憶を語る人にも会った。つらくても口にできる人、口を閉ざす人。違いを知りたい。不登校やうつを研究する学生が多い中、被爆者心理を専門にしようと決めた。

 被爆者への聞き取りを続けて分かってきたことがある。「語ることで誰かの役に立ち、つらい記憶に意味を持たせる。そうして乗り越えようとする人もいる」。さらに研究を深めようと九州産業大大学院の臨床心理専攻に進んだ。

 そこでもう一つ分かったことがある。福岡では原爆のことがほとんど話題に上らない。相手が無関心では被爆者も語りにくい。自分も祖母に「聞きたい」と言ったことがなかった。身内に傷をさらけ出したくない心理もあっただろう。

 そのころ、実家に県被団協宗像支部の解散届が来た。このままでは被爆者の声が聞けなくなる。講話形式ではなく、語る側と聞く側が互いに理解を深め、心をほぐしていくアプローチであれば口を閉ざす被爆者も話しやすいのではないか。

 臨床心理士となり、これまでの研究を生かす試みとして今年7月、少人数で語り合うグループミーティングに取り組んだ。被爆者1人を学生ら15人が囲む。一方的に被爆体験を語るのではなく、途中で質問を挟み、学生たちも感想を述べていく。

 効果はまだ分からない。それでも山下さんは「近い将来、語れる人がいなくなる前に、私たち若い世代の心に少しでも体験を残してもらえれば」と思い、試みを続ける。 

(森井徹)

=2015/08/05付 西日本新聞朝刊=

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