<44>二つの祖国【紙の動物園】

西日本新聞

 『火花』の刷り部数がついに209万部に達したとかで、又吉フィーバーはますます過熱。6ページのエッセイが載るだけで掲載誌の「文學界」が2万部の発売前増刷を決め、またそれがニュースになる始末。その効果は、とうとう翻訳SFにまで及ぶことに。今週の「アッコにおまかせ!」で又吉直樹が推薦したケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通編訳、早川書房)がバカ売れして、ネット書店でまたたく間に品切れになったのである。ああ、あやかりたい--という羨望(せんぼう)はともかく、いや、さすがに又吉さんはお目が高い。この『紙の動物園』は、今年1冊だけ翻訳SFの新刊を読むならコレ! と、(一応、SFを専門とする)大森が太鼓判を捺(お)した短編集なんですね。

 これが初の邦訳書となるケン・リュウは1976年、中国・蘭州市生まれ。11歳で両親と米国に渡り、ハーヴァード大学を卒業。英語で小説を書く、中国系のアメリカ作家である。

 表題作の語り手は、中国人の母と米国人の父を持つ“ぼく”。河北省の貧しい農村に生まれた母さんは、英語ができないのに、わずかなチャンスをものにしてアメリカに渡り、“ぼく”を産んだ。折り紙の動物に命を吹き込む不思議な力を持ち、幼い頃、“ぼく”は母さんがつくった紙の虎たちと遊んで育った。しかし、成長するにつれ、“ぼく”は「スター・ウォーズ」のおもちゃをほしがり、いまだにうまく英語を話せない母さんを遠ざけるようになる。“ぼく”が求めたのは、アメリカ的なしあわせだった。そして……。

 わずか20ページ足らずしかないこの短編は、SFというより幻想味のある家族小説だが、母親を持つすべての読者の胸を直撃する。SFの枠を超えて、末永く読み継がれそうな名品だ。

 巻末の「良い狩りを」は、妖怪退治を生業とする父親を持つ“ぼく”が語り手。子どものころ知り合った妖狐との関係が物語の軸になる。こちらも日本人にとってはなじみ深い、せつない妖怪ファンタジー。

 バリバリの本格SFから社会問題に鋭く切り込むバイオSFまで、バラエティ豊かでハイレベルな15編を収録する。

(書評家、翻訳家)

=2015/08/06付 西日本新聞朝刊=

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