メークの変遷 時代映す 資生堂が再現 同一人物でがらり

西日本新聞

【1930年代】西洋の影響本格化アーチ形の眉と大きめに描いた唇 拡大

【1930年代】西洋の影響本格化アーチ形の眉と大きめに描いた唇

【50年代】戦後復興期力強く意志の強そうな太い眉やアイラインでつり上げた目元 【70年代前期】石油危機退廃的に反戦運動、公害問題など暗い影を落とす状況を反映 【80年代後期~90年代初期】バブル期はっきり太い眉で強い印象。はっきりした色の口紅が特徴的 【2011年3月11日以降】震災後ナチュラル自分自身を見つめ直す心境の変化により、肩の力が抜ける 【現在】好景気期待華やかバブル期を思わせる華やかな雰囲気も

 ファッションは時代を映し出すといわれる。化粧品メーカーの資生堂(東京)は、1920年代からの女性の化粧と髪形の流行を研究し、1人のモデルで12のスタイルを再現した(うち6枚を掲載)。その変遷からは、変わりゆく女性の意識や生き方が見えてくる。今年は戦後70年。担当した資生堂トップヘア&メーキャップアーティストの鈴木節子さん(48)に話を聞いた。

 -なぜ化粧は世相を反映するのでしょう。

 「化粧は基本的に、その日の気分や状況で決まります。日々の出来事やニュースは、気持ちに少なからず影響を与えるので、世の中の変化に敏感な女性たちは、時代の空気や雰囲気を感じ取り、無意識ながら世相が化粧や装いに反映されるのではないでしょうか」

 -最も印象深い化粧はいつの時代のものですか。

 「バブル期の化粧です(1980年代後期~90年代初期の写真参照)。私自身、高校を卒業し、美容専門学校で勉強を始めたころで、初めて化粧をした時期でもありました。真っ赤な口紅に“すだれ前髪”。肩パッドもシャツ、ジャケット、コートにそれぞれ入っていて、全部着るとアメフットの選手のようでした」

 「80年代はキャリアウーマンブームで、簡単で便利なパウダリーファンデーション(固形のファンデーション)が一気に普及しました。しっかりとカバーし、肌が均一であることが美しいとされた時代でした」

 -1940年代、太平洋戦争のころの再現がありません。女性はどのような意識だったのでしょうか。

 「40年代は、参考にできる資料が極端に少ない状況でした。ただ、現代のように広く情報が伝わる時代でもなく、おそらく30年代と同じように、映画女優に憧れる気持ちはあったのではないでしょうか」

 「戦争で大変な時代でしたが、美しくありたいという気持ちはいつの時代も変わらないのでは、とも思います。朝起きて髪を整え、身支度する。化粧は特別なことではなく、日常に溶け込んでいるものです。そうやって希望を持ち、平和な日が訪れるのを待ち望んでいたのでは、と想像します」

 -これからの化粧はどう変わるのでしょうか。

 「かつてのようにみんなが一つの方向を追い掛ける時代ではなく、よりパーソナル(個人的)なものになってきています。今回、1人のモデルで再現してみて、化粧でこれほど別人のように変わるのだ、と化粧の力を再認識しました。今の女性たちはそれぞれの価値観にあった自分らしさを表現する手段として、化粧をしている気がします」


=2015/08/07付 西日本新聞朝刊=

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