<48>文房具、宇宙へ【虚航船団】

西日本新聞

 今日あたりから書店に並ぶ〈本の雑誌〉9月号の特集は、「書き出し一行の誘惑!」。その原稿を依頼されて、SFの書き出しをいろいろ思い出してたんですが、当コラムで紹介した名作にも、わりあい有名な書き出しが多い。ヴォネガット『スローターハウス5』の「ここにあることは、まあ、大体そのとおり起った」(伊藤典夫訳)とか、ブラッドベリ『火星年代記』の「ひとときはオハイオ州の冬だった」(小笠原豊樹訳)とか。

 日本SFで僕が気に入ってる書き出しはこれ、「まずコンパスが登場する。彼は気がくるっていた」。作品はもちろん、筒井康隆『虚航船団』(新潮文庫)。新潮社の四六判函入り叢書《純文学書き下ろし特別作品》の1冊として1984年に初めて刊行されたときは、帯にでっかく「爆笑の純文学」と書いてありました。

 文庫版カバー裏の内容紹介にいわく、「鼬(いたち)族の惑星クォールの刑紀999年6月3日、国籍不明の2基の核弾頭ミサイルによって国際都市ククモが攻撃され、翌4日、無数の小型単座戦闘艇に乗ったオオカマキリを従えた文房具の殺戮(さつりく)部隊が天空から飛来した。それはジャコウネコのスリカタ姉妹の大予言どおりの出来事だった--。宇宙と歴史のすべてを呑み込んだ超虚構の黙示録的世界」。

 小説は、「文房具」「鼬族十種」「神話」の3章から成る。第1章は、文房具ばかりが乗り組んだ宇宙船の話。船長は赤鉛筆、副船長はメモ用紙、大学ノートは修理要員で、ナンバリングは戦闘要員、分度器はコンピューター技師……という具合。第2章では、目的地となる惑星クォールの1000年の歴史が語られ、第3章では、ついに到着した文房具たちが殺戮のかぎりをつくす。

 人間がひとりも出てこない、ある意味きわめて実験的な小説なのに、これがめちゃくちゃ面白い。無生物(艦船とか刀剣とか)を擬人化してメインキャラに使うのは最近のオタク文化の流行だが、『虚航船団』はそのさきがけでもある。ネット上では、愛読者が文房具をかわいく萌(も)えキャラ化した「萌え絵で読む虚航船団」なんて二次創作漫画も読める。

(書評家、翻訳家)

=2015/08/12付 西日本新聞朝刊=

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