<49>いま、ここにある未来【虐殺器官】

西日本新聞

 手製の核爆弾によりサラエボが消滅した近未来。途上国では、内戦や民族虐殺が激増している。“ぼく”ことクラヴィス・シェパードは、暗殺を任務とするアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊の大尉。次の目標は、世界各地の紛争の背後に見え隠れする謎の男、ジョン・ポール。その足跡を追ううち、“ぼく”は恐るべき真実に近づいてゆく……。

 テクニカルかつ繊細なタッチで未来の戦争と世界の現実を語る衝撃的な長編『虐殺器官』は、2007年6月に出た伊藤計劃の第1長編(現在はハヤカワ文庫JA)。デビュー作ながら、同年のベストSF1位と第1回PLAYBOYミステリー大賞を獲得し、旋風を巻き起こす。

 そのわずか1年9カ月後、伊藤計劃は、壮絶な闘病の果てに34歳の若さで世を去った。生前に発表した商業作品は、長編3冊と短編2編だけ。

 だが、その作品は日本SFを大きく揺さぶり、影響は今に及ぶ。没後、文庫化された『虐殺器官』は40万部のベストセラーとなり、2010年に実施されたゼロ年代SFベスト投票でも1位に選出、21世紀の日本SFを代表する1冊となった。最後の長編『ハーモニー』は同じ年に英訳され、日本のSFとしては初めてフィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞した。

 今月25日には“テクノロジーが人間をどう変えるか”をテーマに、長谷敏司、仁木稔、藤井太洋、吉上亮、伴名練ら8人の新鋭が参加した全730ページの書き下ろし競作集『伊藤計劃トリビュート』がハヤカワ文庫JAから刊行予定。同日発売のSFマガジン10月号でも、伊藤計劃特集が組まれる。さらに、この10月~12月には、伊藤計劃の長編3作(未発表の遺稿を円城塔が書き継いで完成させた『屍者の帝国』を含む)を原作とする劇場アニメ3本が3カ月連続で公開される。

 伊藤計劃という筆名は、ジャッキー・チェンのアクション映画「プロジェクトA」の原題「A計劃」にちなんだものだが(英語表記は Project Itoh)、その名の通り、プロジェクトは今も続いている。 

(書評家、翻訳家)

=2015/08/13付 西日本新聞朝刊=

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