民謡編<259>木屋瀬の宿場踊り

西日本新聞

伊勢音頭を元にした木屋瀬の宿場踊り(8月13日) 拡大

伊勢音頭を元にした木屋瀬の宿場踊り(8月13日)

 北九州市八幡西区木屋瀬は旧長崎街道の「筑前六宿」の一つで、今でも宿場町の古い町並みを残している。町には福岡県の無形民俗文化財に指定されている約300年の伝統を誇る宿場踊りがある。

 宿場踊りは盆踊りとして初盆の家々を回る。今年は町内24軒の家で宿場踊りを舞った。もちろん、踊りには民謡がある。

 〈しあんばし、こえて ゆこか もどろか しあんばし〉

 〈こよいの つきは みえつ かくれつ おもしろや〉

 これは宿場踊りの中心的な民謡「しあんばし」の一節である。宿場踊り振興保存会会長の高崎尚康は言う。

 「時代によって歌詞は変わっていったと思います」

 歌詞、踊りだけでなく、節もまた同じように長い歳月の中で変化してきた。そこには即興の手も入った。生き生きしたアドリブこそ民謡の命でもあった。むしろ保存という形で正調、スタンダードの必要性を迫られたときから固定化が始まった。

   ×    ×

 宿場踊りは江戸時代中期の亨保年間に生まれた、といわれるが、伊勢音頭を元にしている。当時、「お伊勢(神宮)参り」は「一生に一度」のあこがれの信仰地と同時に人気ベスト1の観光スポットでもあった。花街、料亭も並び、旅人をもてなすショー的な座敷芸が伊勢音頭だった。ただ、伊勢音頭は大木などを大勢でひく木遣(や)り歌から発生した。高崎はこう言った。

 「木屋瀬の旦那衆がお伊勢参りに行って覚えてきたと伝え聞いています」

 旦那衆は芸妓(こ)、遊女と一緒に踊り、歌った。

 〈伊勢はナー 津で持つ 津は伊勢で持つ アヨイヨイ 尾張名古屋は 城で持つ〉(伊勢音頭)

 旦那衆は「わが宿場町でもこれで旅人をもてなそう」と思ったに違いない。見よう見まねの伊勢音頭の歌と踊りは木屋瀬の地では宿場踊りに形を整えて根付くことになった。伊勢音頭は「荷物にならない伊勢土産」ともいわれ、「宿場踊り」だけでなく伊勢音頭を元にした民謡は「博多祝い節」(祝い目出度)など全国でも20近くある。

 民謡は肉体労働者の作業歌、労働歌、祝い歌であり、近代化、機械化によってその「場」が喪失した。明治以降、消えた民謡は少なくないだろうが、祝い歌と盆踊り歌は現代人の生活にも生きている。

 今年の盆の宿場踊りにも浴衣を着た少年少女がまじっていた。高崎は「地域でこの踊りを守っていきたい」と語り、輪の中で「しあんばし」を歌った。

 (田代俊一郎)


=2015/09/07付 西日本新聞夕刊=

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