<24>運命の一杯、ほれ込み脱サラ 丸八 朝倉店(福岡県筑前町)

西日本新聞

師匠が使っていたものと同じサイズの大釜を前にする伊藤信一さんと妻の智子さん 拡大

師匠が使っていたものと同じサイズの大釜を前にする伊藤信一さんと妻の智子さん

福岡県筑前町高田2555の1。ラーメン600円。おでん定食800円。ギョーザ350円。営業時間は午前11時~午後9時。不定休。0946(21)1508。

 かつて福岡市に「丸八」という人気ラーメン店があった。博多区で生まれ、南区に復活したが、惜しまれつつ2006年に店をたたんだ。「丸八 朝倉店」(福岡県筑前町)は、多くのラーメン好きをうならせた、その味を引き継いでいる。

 厨房(ちゅうぼう)では店主の伊藤信一さん(59)がせわしなく動く。ストイックに仕事に打ち込む姿はベテラン職人という感じだが、実は10年ほど前までサラリーマンだったというから驚いた。「脱サラしたのは師匠のラーメンを食べたから。あまりにもおいしくて」。伊藤さんは表情を緩ませてそう語った。師匠とは、丸八を経営していた渡辺健さん(66)。当時、同市南区皿山に店を構えていた。一方の伊藤さんはラーメンの食べ歩きが趣味の営業マン。客として丸八ののれんをくぐり、運命の一杯と出合った。

 「カプチーノのような濃厚なスープ。『これだっ!』と思ったんです」。ラーメン店を出したいという夢を胸に秘めていた伊藤さん。丸八に通い詰め、ある日弟子入りを志願した。その熱意が認められて“入門”がかなうと、04年に二十数年勤めた会社を辞めた。

 直径75センチの大釜で3日間かけて炊くスープの取り方、チャーシュー、ギョーザのタレの作り方まで頭と体にたたき込んだ。約1年の修業を経て05年に現在の場所に店をオープンした。

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 丸八創業者の渡辺さんは現在、ふぐ割烹(かっぽう)「油山山荘」(同市城南区)の板長としての日々を送る。「弟子を取らんごとしとったけど熱心さに負けた。とにかく真面目でしたよ」。渡辺さんは、まな弟子をそう評す。そして丸八の歴史も教えてくれた。

 もともと和食の料理人で、26歳で油山山荘を始めた。当初、店では鶏料理を主にしていたが「好物だったラーメンに挑戦したい」と久留米に乗り込んで作り方を学んだ。牛、鶏、豚、魚介とさまざまな材料を試し、濃厚な豚骨スープにたどり着く。1989年に同市博多区西月隈に丸八を開店した。

 店は繁盛したが、油山山荘との二足のわらじ。「寝る暇もなかった」と体調を崩して10年で閉店。しかしラーメンへの思いを断ち切れず、2003年に店を皿山に移して再開する。そこも人気店となったが、ふぐの提供を本格的に始めた割烹が忙しくなり、06年に再び店を閉じてしまった。ちなみに油山山荘は「ミシュランガイド福岡・佐賀2014特別版」で二つ星を獲得している。

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 伊藤さんが「朝倉店」のラーメンを差し出した。表面に泡が浮かんでおり、見るからに濃厚そう。スープを口に含むと、豚骨だしの甘みが広がる。矛盾した表現だが、濃厚とあっさりが共存した味だ。実は記者も皿山時代の丸八ラーメンを食べたことがあるが、その当時を思い出させてくれる一杯だった。

 「師匠の味を守り、なおかつ今以上のものを作りたい」。伊藤さんは、職人の顔に戻っていた。 (小川祥平)

=2015/10/01付 西日本新聞朝刊=

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