民謡編<263>歌と共に残る食文化

西日本新聞

 佐賀県唐津市呼子沖の小川島にはクジラ歌とともにクジラの食文化が色濃く残っている。小川島漁協は一括購入の窓口になって毎年、島内の約150戸の家庭からクジラの皮や肉などの注文を受ける。漁協参事の古川勝彦は言う。

 「だいたい年で平均して200キロから300キロの注文があります」

 お煮しめやめん類の出汁など生活の味として定着している。小川島では毎秋、島のPRイベントを開催、来島者に提供する郷土料理は「クジラ鍋雑炊」である。

 このように生活の中に息づくクジラの食文化は呼子が捕鯨基地だったことを示している。地域の土産品として知られる「松浦漬け」もまた、クジラ文化から生まれたものだ。

 呼子に本社のある「松浦漬本舗」は今春、地元で主催した「くじらフェア」に小川島の保存会のメンバーを招いて民謡「クジラ骨切り歌」を披露した。同社代表の山下善督(よしまさ)は言う。

 「今は呼子と言えばイカですが、かつてはクジラがこの町を支えた。クジラ文化を伝えていきたいと思っています」

  ×   ×

 松浦漬けは酒かすにクジラの上あごの上にあるカブラ骨という軟骨を千切りにして漬け込んだものだ。1892(明治25)年、山下の祖母である山下ツルが考案した。

 ツルの嫁ぎ先は隣家の酒造元だった。その酒造元を商っていたのは呼子のクジラ産業を担っていた「鯨組主中尾家」の幹部だった。クジラは「捨てるところがない」と言われる。骨からは油などが取れるが、食用にはならない。ただ、こりこりの食感の軟骨だけは可能性のある素材だった。

 「祖母は捨てるのがもったいないので、おいしい使い道はないかと考えたようです」

 酒造元の酒かすとカブラ骨との出合い。ただ、商品化するまでは失敗を重ねた。試行錯誤の繰り返しだった。失敗するごとにカブラ骨を購入するお金も膨らんだ。それでもツルは諦めなかった。ツルはようやく完成した松浦漬けをリヤカーに乗せて呼子の朝市まで運んで販売した。徐々に口コミによって松浦漬けは広がり、現在では呼子だけでなく九州西北部の名産品になっている。「松浦漬本舗」の味は「一子相伝」と言う。

 「一子相伝でなければ伝統の味は守っていけない」

 現在、鯨肉は調査捕鯨の「副産物」として国内に流通しているが、捕鯨をめぐる国際環境は厳しさを増すばかりだ。

 クジラの歌、そしてクジラの食文化は「相伝」として伝承され、郷土の歴史を伝えている。
 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/10/19付 西日本新聞夕刊=

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