民謡編<264> 佐賀関のタイ釣り歌(上)

西日本新聞

 大分市佐賀関はかつて海上交通の要衝として栄えた港町だ。現在、全国的に知られるのはブランド魚の「関アジ」「関サバ」である。

 佐賀関半島と四国の佐田岬半島間の水路は豊予海峡と呼ばれる。漁師たちにとっては豊予海峡と言うよりは速吸(はやすい)の瀬戸、との言い方がなじみ深い。

 海峡は約14キロ。潮流が速く、捕れる魚は身が引き締まり、脂ものっている。「関アジ」「関サバ」は約30年前にブランド魚として売り出された。

 「それ以前は佐賀関と言えばタイでしたよ」

 こう話すのは「関の鯛つり唄・踊り保存会」の会長、辻島鑑霊(かんれい)(74)だ。タイの一本釣りは佐賀関の伝統的な漁法で、現在でもさおを使わない手釣りは変わっていない。

 「潮の流れが速いため、一本釣りの漁師さんの海難事故は少なくありませんでした」

 同会の事務局長の岩津邦夫(72)はこう言った。

 漁師は戦前までそれぞれ小舟を櫓(ろ)でこぎながら佐賀関港から4キロの沖合にある高島周辺の漁場に向かった。そのときに歌ったのが民謡「関の鯛つり唄」である。元は「鯛の一本釣り唄」と呼ばれていた。

   ×   ×

 詩吟の先生でもある辻島に歌ってもらった。4番まである。

 〈関の一本釣りゃナアー 高島のサー 沖でナアー 波にゃゆられて サアヨー 言うたノー タイを釣るわいノー アーヤンサノ ゴッチリ ゴッチリ 船頭 ブリかな タイかな タイじゃい タイじゃい〉(1番)

 起承転結がはっきりした歌詞である。〈ゴッチリ ゴッチリ〉は櫓のきしむ擬音だ。掛かった魚は〈ブリかな タイかな〉と期待感がふくらみ、上がってきたのは〈タイじゃい〉と喜ぶ漁師の表情が浮かぶ民謡である。ブリよりタイだった。

 4番の歌詞の中には〈タイならはねこめ ブリならつりこめ〉とある。タイならそのまま舟の中にはね入れ、ブリなら手網ですくった。辻島は言った。

 「櫓のリズムに合わせたようなゆっくりした調子の歌で、そんなに難しくはないと思います」

 この歌は江戸中期の元禄時代に生まれた、といわれている。この伝承に沿えば300年以上の歴史のある民謡である。現在の関サバ、関アジに匹敵する、いやそれ以上のブランド力を持っていたタイだったかは2番、3番の民謡を聴けばよくわかる。
 =敬称略

 (田代俊一郎)

=2015/10/26付 西日本新聞夕刊=

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