【耕運記】大分県佐伯市 食で心つなぐまちづくり

西日本新聞

 「食には心をつなぎ留める力があるんです」。大分県佐伯市食育推進係の総括主幹、柴田真佑さん(48)の声がシンポジウム会場に響いた。全体のテーマはまちづくり。どんなつながりがあるのだろう。不思議な感覚で耳を傾けた。

 佐伯は、食育に関わる市民や事業所の心得などをうたった「食のまちづくり条例」がある。いろんな取り組みのうち柴田さんが紹介したのは、卒業前の高校3年生向けの「巣立つ君たちへの自炊塾」。米のとぎ方、みそ汁の作り方を教える中で、地元産のいりことシイタケで取っただしを味わってもらい、こう伝える。

 「香りを全身で覚えておいて。このエキスが君たちを育ててくれたのだから」。佐伯を離れて1人暮らしを始めたとき、このだしを取って食べてほしいと呼び掛け、付け加える。「これが命のつなぎだと思う」

 子どもたちには一つだけお願いする。古里を離れる前、最後の夕食でも朝食でもいいから食事を作ってほしい。一杯のみそ汁でいいから家族のために。

 その時期、柴田さんのところに電話が入る。「孫の作ったご飯を家族みんなで泣きながら食べた」というおじいちゃんからだったりする。子どもたちの心には、こうして古里のぬくもりがしっかり刻まれる。

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 柴田さんは2007年、現在の担当部署に異動した。ある日、地域の公民館であった講演会をのぞいた。講師は子どもが作る「弁当の日」を提唱した元校長、竹下和男さん(66)。食べ物への感謝や自立心を育むとして全国の学校に広がる取り組みだ。何か感じるものがあった。

 かつて福祉担当だったころ。「子育てがうざい」「子どもが邪魔」と相談に来る若い母親を見て「優しさや愛情に触れられない子どもが増える」と危機感を覚えた。

 その子どもたちの姿が思い浮かんだ。自分自身で弁当を作る。調理の手順や失敗を通して段取りや工夫を、食材の命を感じることで思いやりを知る。いろんな学びの場になるのではないか。「もしかしたら救えるかも」。一筋の光が差し込む感覚を覚えた。

 地域づくりは人づくりという。日々の食事や、食をめぐるあらゆる体験が体と人格を育む。食を基本にしようと考えた。条例を策定したのは、一過性の取り組みに終わらせないという覚悟を示す意味もあった。

 佐伯の食のまちづくりは現在、「仲間が増えて裾野が広がり」(柴田さん)、年間予算も1億円近いという。

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 この日のシンポは「まちづくりの哲学と手法を九大生が考える国際ワークショップ」。九州大決断科学大学院が10月下旬、箱崎キャンパス(福岡市東区)のホールで開いた。柴田さんは三つのうちの、食を生かしたまちづくりを考えるセッションに他の発表者ら3人と共に登壇した。佐伯のまちづくりを研究した大学院生から出演を依頼された。

 話の最後は、柴田さんにとっても思い出深い、ある中学校での弁当の日の話題だった。母親から放っておかれた男子生徒がいた。彼が弁当を持ってこれるのか。これが周囲の心配だった。当日、申し合わせたように担任も、校長も、教務主任も彼の分を準備していた。案の定、彼は持ってこれなかった。だが、いずれも必要なかった。友人が持ってきてくれていた。

 「捨てたもんじゃないな、子どもたちにも生きる力があると思った」。柴田さんは、「食」が人と地域の心をつないだ瞬間を振り返り、こんな言葉で締めた。

 「食のまちづくり、私は死ぬまでやめません」


=2015/11/04付 西日本新聞朝刊=

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