【食の力】みそ汁を味わう<2>だしは「命のスープ」

西日本新聞

 湯飲みに入った一つ目のだしを静かに口に含んだ。「グッとくる味。あっさりしてのどに通る」。二つ目。「磯の香りが広がる。めっちゃ強い」

 食を通して健康や環境について考える九州大(福岡市)の選択科目「自炊塾」。この日はみそ汁の味を決める、和食の基本「だし」がテーマだ。農学部1年、片岡冴望(さえみ)さん(19)が三つ目のテイスティングに臨んだ。「塩辛い感じ。複雑な味はする」

 三つのだしの正体は昆布、いりこ、顆粒(かりゅう)だし。学生ら10人のうち、6人が顆粒だしを最も好きな味に挙げた。2013年の講義でも、30人のうち63%に当たる19人が同様に回答、ほぼ同じ割合を示した。

 片岡さんが選んだのは、いりこ。「味も香りも知っていて安心した」。魚をよく食べていたから、というのがその理由だった。

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 体験したことがある味を好むのには理由がある。

 生理学的な観点から食品を研究している龍谷大の伏木亨教授は、かつお節の風味を離乳期など早い時期に経験したマウスが、成長後もその風味を好むことを実験で明らかにした。「言葉と味わいが結びつく時期と、それに先だって特定の風味に慣れさせることは、ともに嗜好(しこう)形成に重要」と結論づける。

 おいしさは、アミノ酸などの成分を本能が求めた結果、脳が用意したもの。さらに脳内の神経伝達物質ドーパミンによって「もっと食べたい」という感覚が起きる。「おいしい」という快感と「もっと食べたい」という欲求で病みつきになるという。

 もう一つの理由は香り。伏木教授によると、かつお節と同じうま味を構成するアミノ酸、核酸、塩類の混合溶液を与えても、マウスは病みつきになることはなかったという。だしのおいしさを記憶にとどめるには、うま味に加え、天然の風味や香りが重要だということが分かる。

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 「だしって何でしょうか」。塾を指導する比良松道一准教授(農学)が学生に問い掛けた。モンゴルで食べた羊の内臓を煮込んだスープについて紹介しつつ「食材を無駄にすることなく全てをいただくことが食べることの原点」と指摘。液体にすることで栄養を丸ごと体に吸収できると語った上で、こう強調した。

 「だしは命のスープ。日々の食事はコストも重要ですが、私たちが本来食べるべき物は何かを考えてほしい」

 学生は授業後、インターネットの交流サイトに感想を上げる。「だしを味見してみて、自分の味覚のもろさを知った」と経済学部1年、萩原孝さん(19)。好きなだしに顆粒だしを挙げたが「香りはしませんでした」と書き込んだ。うま味を強調する成分を原料とする顆粒だしは、半数を超える学生にとって慣れたおいしさだった。ただ「科学的に調合するのが困難といわれるほど複雑」(比良松准教授)な自然の香りは再現できない。「深淵(しんえん)なだしの世界を味わい続け、次世代への遺産として受け継いでほしい」と比良松准教授はメッセージを送った。

 サークル活動やアルバイトにも忙しい片岡さんは、みそ汁など和食を思うように作る時間がない。「生活を変えるって難しい」と実感する。それでもだしを取る理由を、こう記している。

 「健康のこと、自然の恵みのこと、命のこと、考えてみればおのずと答えは見えてくる。『人間が本来食べるべきもの』を考えていける人になっていきたいなあ」。大きな一歩に違いない。

 ▼みそ汁と新聞カフェ 「朝の習慣」再構築キャンペーンの一環。7~25日の平日(14日を除く)午前7時~8時半、福岡市・天神のエルガーラビル1階に開設します。日替わりみそ汁とおにぎり、朝刊1部のセットを500円(税込み)で販売。持ち帰りも可。問い合わせは本社販売局企画開発部=092(711)5430。


=2015/12/02付 西日本新聞朝刊=

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