<25>元九響の店主、新ステージに 名島亭(福岡市東区)

西日本新聞

 福岡市東区名島にある「名島亭」は地元で親しまれる人気店。創業者の城戸修さんは「一代一店舗」をモットーに、この地でのれんを守り続けてきた。しかし64歳となった今年、新たな一歩を踏み出した。2月に横浜市港北区の新横浜ラーメン博物館に支店を出したのだ。

 人懐っこい笑顔が印象的な城戸さん。かつて何度か足を運んだ名島の店では、カウンター越しにお客さんに声を掛け、会話する姿が印象に残っている。場所は横浜に移ってもその姿勢は変わっていない。開店直後、早くもできていた行列のお客さんにも積極的に話しかけていた。

 「まずは一杯」と、城戸さんから丼を受け取る。スープを口に含むとほんわか香る豚骨のだし。歯応えを残した麺を一気にすすると、豚骨の風味が気持ち良く鼻を抜けた。

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 この味の源流は、屋台で人気だった「長浜一番」(福岡市)。ただ、その門をたたいたのは27歳の頃で、それまではオーケストラのホルン奏者だったという異色の経歴を持つ。九州交響楽団に在籍して腕を磨く一方、「上には上がいる」とプロとして将来への不安が高まっていた。その際に思い出したのが親戚の言葉だった。「困ったらラーメン屋になれば」-。親戚は福岡・長浜で大人気だった「元祖長浜屋」の店主と家族同然の付き合いをしていたのだ。元祖は弟子を取っていなかったため、長浜一番に飛び込んで修業を開始した。

 1987年に36歳で独立し名島亭をオープンしたが、味の改良には余念がない。連載24話で紹介したラーメン店「丸八」の渡辺健さん(66)にも教えを請うなど常に向上心を持ち続け、人気店となっていった。

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 支店展開など考えてもいなかった城戸さんの経営哲学を変えたのが、2年前に福岡市で開催された「福岡ラーメンショー」だった。城戸さんはこのイベントで、今や世界にも進出する「一風堂」(福岡市)の河原成美さん(62)と一緒にチャンポンを作った。実は河原さんは長浜一番時代に苦楽をともにした弟弟子。約30年ぶりの共同作業に「昔の大変な思い出がよみがえったし、成美ちゃんの料理人としての姿に影響も受けた」と振り返る。

 翌年「東京ラーメンショー」に出店。全国の有名店の味や仕事ぶりに心を動かされ、「おいしいものを提供できるなら、店舗展開しても構わない」と思うようになった。そんな時に新横浜ラーメン博物館から打診があり、これも巡り合わせと出店を決意した。

 ホルン(horn)は本来「角」を意味し、転じて山頂を指すこともある。

 趣味は登山で、3千メートル級の山々を踏破する本格派。仕事では、音楽から身を転じてラーメンの世界で山頂を目指す。城戸さんは「頂上には一気には登れないし、近道もない。迷ったら引き返す。ゆっくりとですね」。 
(小川祥平)

=2015/10/15付 西日本新聞朝刊=

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