<27>白濁豚骨”源流の味”磨く うちだラーメン(福岡県筑紫野市)

西日本新聞

 車が行き交う福岡県筑紫野市の幹線道路沿いに、7月、「うちだラーメン」は移転オープンした。それ以前は同県那珂川町で20年以上親しまれてきた老舗。てっきりそこが創業の地だと思っていたら、違った。話を聞けば、“白濁豚骨発祥の店”にもつながるさらに長い歴史があった。

 ある休日の昼ごろに訪れると、まだ新しい店内は大盛況だった。背広姿、現場作業員、子連れ、老夫婦と客層も幅広い。「ラーメンBセット」の食券を買って席に着くと、数分で配膳された。濃厚そうな、ぎらぎらした一杯。お玉のように大きなレンゲでスープをすすると、見た目に違わぬ豚骨の力強い味わいだ。大ぶりなチャーシュー、味がよく絡んだ中太麺も食べ応え十分。セットには「小」とは思えない量のご飯とギョーザ、さらにサラダと漬物が付く。食後の満腹感も魅力である。

 初めてこのラーメンを食べたのは十数年前、まだ那珂川町にあった頃だった。味はもちろん、客層の広さ、食べきれないほどの量も、今と同じ。店は「内田」という名前の交差点そばにあった。だからだろう、そこで生まれたのだと思い込んでいた。

 「交差点名は偶然。もともとは高宮が発祥よ」。店主の内田国利さん(68)はそう教えてくれた。

   □     □

 1965年、福岡市南区高宮の実家を改装して「光栄軒」をオープンさせた。きっかけは同県久留米市でしょうゆの卸商をしていた親戚の勧めだった。それまでは大工の見習い。ラーメンの作り方など知らなかったが、親戚が知り合いの職人を手配していた。

 やって来たのは杉野勝見さん(故人)と四ケ所日出光さん(87)=佐賀市=の2人。白濁豚骨発祥の店「三九」(久留米市)を経営し、北九州、佐賀、熊本にその味を広め、九州に豚骨ラーメンを普及させた立役者だ。スープ作り、麺上げを習ったが「向こうも商売だから本当のこつは教えん。その後は我流よ」。

 うまけりゃいい、量が多けりゃいい、けちは嫌-。それが内田さんの信条だ。

 開店当初は売れなかったが、久留米ラーメンという珍しさもあって徐々に人気となった。特に出前注文が多く、最盛期にはアルバイトを7人雇って一日に100軒以上配達していた。25年ほど高宮で営業したが「出前で交通事故を起こしそう」と店舗だけでの営業を模索。那珂川町に場所を見つけ、名字にちなんで店名も変えた。移転先でも、その味と量は多くの客をとりこにした。しかし近年、駐車場の台数確保が難しくなったこともあり再移転を決めた。

 創業以来、一貫して久留米ラーメンを掲げ、高宮、那珂川、筑紫野と場所を移しつつ、白濁豚骨の発祥に連なる味を伝えてきた。「結果的にそうなっただけ。うまから(おいしいなら)売れる。うまなからな(おいしくないなら)売れん。それだけよ」と潔い。 (小川祥平)

=2015/11/19付 西日本新聞朝刊=

PR

連載 アクセスランキング

PR

注目のテーマ