【第5部 終の棲家どこに 高齢者移住】<5完>模索 程よく顔の見える距離

西日本新聞

 福岡県朝倉市の高齢者向け住宅地「美奈宜(みなぎ)の杜(もり)」。約320世帯が暮らし、4割近くが県外からの移住者だ。約20年前から、開発会社が「スローライフ」を提唱、首都圏住民らを呼び込んできた。千葉市から夫(68)と移り住んだ山崎和代(62)は「満足度は70点」。自動車免許も取り、買い物に不都合はない。近所に友人もできた。

 移住して3年。かつて福岡に勤務した夫の勧めに従ったが、もともとその気はなかった。電車で40分の銀座はお気に入りの場所。年数回、今も長女夫婦が住む千葉の自宅マンションに帰り、2週間ほど滞在する。

 6月、奈良の父が急逝した。飛行機の席が取れず、5時間かけて新幹線で帰った。関東にいる2人の子どもの顔が頭をよぎった。いざというとき、九州まで来てもらうのは気が引ける。

 3年前、夫に病が見つかった。いずれ1人になってもここで生きるつもりだ。でも年を重ねたら。移住仲間の近所の奥さんとは「夫が亡くなっても、ずっと住み続けようね」と声を掛け合うが-。連れ合いをなくし、美奈宜の杜から関東に戻る人もいる。

    ◇    ◇

 「お母さん、調子はどうですか」。次男の嫁、祐子(60)の声を聞くと、中西ナル子(91)は相好を崩す。入居する福岡県古賀市の介護施設に必ず週1回、来てくれる。「外食ツアーに行くんだよ」「何食べるの」…。話は尽きない。

 宮崎県都城市の自宅で10年ほど前、脳梗塞に倒れ、すぐ福岡の病院に入った。近くに住む次男と同居したものの、次男は一時、長崎に転勤。やむなく車で15分離れた今の施設に入った。

 6年前に亡くなった夫と半世紀以上、暮らした都城を離れるのは不安だった。でも「程よく顔の見える距離」に次男夫婦がいて、これで良かったと思う。夜に胸が急に苦しくなった今春、すぐ駆けつけ、夜中まで病院で待っていてくれた。

 実は祐子の実の両親も古賀市内に住み、車で15分程度。「とにかく安心」。孫たちが卒寿を祝ってくれた写真をしみじみ眺める。

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 就職や結婚を機に地元を離れ、都市部で暮らす子どもの近くに、年老いた親が移住する例は珍しくない。ナル子が住む施設など約10カ所を運営する社会福祉法人理事長、加野豊子(69)は「九州は東北など他地域に比べ、家族間の見守りも含めて介護がやりやすい環境にある」と言う。

 医療介護の仲間同士で、福祉大国・デンマークを視察したことがある。真冬の新潟県長岡市も回った。吹雪で視界が遮られる白銀の世界は、ヘルパーが訪問介護に向かうのも一苦労。温暖で、車の移動が楽な九州だからこそ、家族間の新たな住まい方が可能なのかもしれない。

 〈東京圏にあふれる高齢者を、施設に余力のある地方へ〉。こうした全国一律の数合わせではない、地域の特性に合った「介護移住」の在り方とは-。親と子の「幸せのかたち」を模索する時期に来ている。 =敬称略

 =おわり

=2015/10/28付 西日本新聞朝刊=

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