【第2部 「消滅」の衝撃 九州から】<1・下>老いる集落「しょがね」 達観と無力感…未来は

西日本新聞

 鹿児島県南大隅町の折山集落。昨年12月22日、1人で暮らす上野ミチエ(94)の元に、鹿児島市内の次男夫婦が1泊2日で里帰りした。月に1度の楽しみ。次男はこの日、ミチエの手が届かない畑の斜面の草を刈ってくれた。

 「畑仕事。無理しゃんな」と気づかう次男に、ミチエは「ちっとばっか(少しずつ)すっど、心配せんばよかが(しなくていい)」。

 夕刻、6畳間の真ん中にある火鉢に火を入れた。周りを囲んで焼き肉をほおばり、身の回りの話をした。布団に入る時間は、いつもより1時間遅くなった。

 翌朝。次男の車に手を振った。6畳間に、テレビの音だけが響く。誰にも見せるつもりがない日記に、こうつづった。

 『また淋(さび)しくなる』

 1週間、誰とも話さないことがある。週1回、車の送迎があるデイサービスを心待ちにする。老人ホームで友だちと童謡を歌い、輪投げを楽しむ。そんな日は、日記の文字が少し躍る。

 『笑って歌って帰る』

 一昨年、大阪の長男夫婦から「うちに来ればいい」と呼ばれた。畑仕事もなく、知り合いもいなかった。結局、1カ月で戻った。

 「1人が気楽やっど。そのうち逝くから」。正座したまま、おっとりと言う。

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 長女も三男も、ミチエの子どもはみな、若いころに町を離れた。1960~70年代初めに高度経済成長期を迎え、地方から都市に人が大移動した時代だった。

 「働く場所? ないですね。昔も今も」。折山集落で最年少、役場職員の山里真奈美(45)は言い切る。小学校の同級生12人のうち、残るのは自分だけ。進学や就職で町を去った。

 真奈美は鹿児島市の短大進学を機に一度、町を出た。戻るつもりはなかった。卒業間際の短期アルバイトが縁で、「運良く」町役場の正職員になった。

 結婚はしていない。年に数回、集落外の同年代の友人と飲み会をする。メンバー6人中、3人は地元の役場職員。真奈美は「役場がなければ、私も、ここにはいないですよ」。

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 雑草が伸びたゲートボール場、朽ちた空き家…。

 折山集落の元町議で自治会長の宝満登(81)は一昨年の秋から毎月1回、集会所で寄り合いを始めた。

 毎回、住民28人のほぼ全員が集まる。大広間に机を並べ、手作りの料理をつつき、焼酎をあおる。「集落を荒らさない良かアイデア、なかね」。酔いが回ったころ話を切り出すが、みな決まって同じ答え。「もうしょがね」。暗くなるまで、カラオケで盛り上がる。

 民間の提言機関に「消滅する」と突きつけられ、どう思うのか記者が尋ねると、登は天を仰いだ。約30秒の沈黙。「…いつかはなくなる。もう目に見えとる。10年先か、もう少し先か…」。集落も老い、衰え、消えていく。諦めているような、でも認めたくないような顔。隣で、妻の寛子(76)が2度、うなずいた。 =敬称略

=2015/02/14付 西日本新聞朝刊=

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