【生きる 働く 第10部】地域おこしという仕事<1>「協力隊」として移住

西日本新聞

 「イノシシ革は毛穴が大きいため通気性が良く、靴などに使われます。シカ革は毛穴が小さいため頑丈で、昔は農業用の服などに使われていました」

 11月下旬、長崎県対馬市で開かれたレザークラフト講座。獣医師の谷川ももこさん(28)は、受講者に革の特徴を説明していた。市内で捕獲されたイノシシやシカの皮をなめした革で、名刺入れなどを作るのだという。

 2011年度、同市には約3万人の人口とほぼ同数のツシマジカが生息すると推定されていた。農業や林業、生態系への被害を減らすため、イノシシとシカが毎年1万頭ほど捕獲されるが、うち9割がそのまま山に埋められていた。

 谷川さんの役割は、そうしたシカやイノシシなどの有害鳥獣を資源として活用することだ。13年4月に着任して以来、被害の把握や、食肉に加工する施設の運営、その肉を使った商品開発、レザークラフト講座での普及啓発活動などに取り組む。

 「獣害を“獣財”に変えたいんです」と谷川さんは言う。

 § § 

 谷川さんは、「地域おこし協力隊」という制度で、対馬にやって来た。対馬市は「島おこし協働隊」と名付けている。

 地域おこし協力隊とは、自治体の具体的な要望に応じて都市の住民が地方へ移住し、その地域の維持や活性化のために活動し、国が費用を限度内で自治体に補助する制度だ。谷川さんは神奈川県藤沢市から移住した。

 幼いころから動物が好きだった。大学は獣医学科に進む。2年の夏、ツシマヤマネコの保護活動を体験するため、対馬を初めて訪れた。島の人たちはツシマヤマネコの減少に困っているだろうと思っていたが、実際はイノシシやシカの被害に対する関心の方が高かった。

 半年後、ボランティアで再び訪れたとき、対馬の人は「おかえり」と言って迎えてくれた。一度しか会っていないのに。「転勤族で地元がない私にとってはとても温かい言葉だった」

 対馬に関わりたい。対馬の人が困っているイノシシやシカの対策に携わりたい。大学院でそうした研究ができるところを探すが、見つからない。諦めきれずにいた大学院出願の締め切り日、島おこし協働隊の募集を見つけた。すぐに応募を決めた。

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 当初は、島の人たちが鳥獣被害をどこか人ごとに捉えている、と感じていた。「市役所がどうにかしてくれ」という声も聞こえた。自分のこととして考えてもらうため、対策に積極的な地区で「捕獲隊」を結成した。わなを設置し、捕獲を体験してもらう。すると「集まる機会ができて楽しい」と笑顔が生まれた。その変化がうれしかった。

 1年目は、協力隊員向けの研修で聞いたように、地域の内と外をつなぐ存在にならなければいけないと思っていた。3年目の今、目の前のことを一つ一つすることが大切だと感じる。地域おこしとは何だろう。「目の前にいるおばあちゃんの笑顔のためとか、具体的なことしかできない。『地域』をおこすなんておこがましくて」

 来年3月には3年の任期が終わる。その後も対馬に残り、獣財をつくる取り組みを続ける予定だ。どのような形で続けていくのか、考えている。

 最近、ある人から、好きなことをやって生きていけるかではなく、好きなことをやって生きていくにはどうすればいいかを考えなさい、と言われた。不安がすっと消えた。

 イノシシやシカのウインナーなどをカフェで提供したり、給食に出したり、やりたいことはいくらでもある。「10年後、一緒に鳥獣被害対策に取り組む皆で集まったときに、笑って語れることをやっていきたい」

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 最長3年の任期で「地域おこし」という仕事に就く地域おこし協力隊。制度が始まった09年度には89人だったが、15年度には2450人になる見通しだ。隊員たちの日々を通して、生きること、働くことを考える。


=2015/12/15付 西日本新聞朝刊=

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