大学受験(1)赤点からの挑戦 底なし全入時代の「格闘」

西日本新聞

 受験生にとって元旦はない。福岡県内の県立高校3年のタケシ(18)=仮名=は午前7時、制服に袖を通すと、お気に入りの「EXILE(エグザイル)」を聞きながら、自転車のペダルを踏み込んだ。学校恒例の「元旦模試」に向かったのだった。

 「大学入試センター試験まで15日」。教室の黒板隅にはいつもの太字。日数だけが容赦なく減っていく。かばんから英単語帳を取り出し、試験開始の合図までめくった。

 タケシの志望校は地元の私立大。受験科目は国語、英語、選択(地理歴史・公民)の3教科。大手予備校の模試判定は「D」だが、タケシは「気にしても始まらないでしょ」。潔いのか、開き直りか…。

 タケシが通う高校は「進学校」。入学後はすぐに授業に付いていけなくなった。多くのテストは「赤点」とされる40点前後。クラスでは「ビリ争い」を演じているという。

 もともと大学に行こうとは、思っていなかった。実家は飲食店。専門学校で調理師の資格を取る。それが自分の人生だと思っていた。

 高校生活を振り返ると、ボウリング、カラオケ、映画、友人宅への宿泊と遊んでばかり。「勉強って、何の役に立つんっすかねぇ~」

 そんなタケシの心に「受験のスイッチ」が入ったのは昨年5月ごろ。熊本大に合格した先輩から言われたひとことだった。「大学ってぎゃん(すごく)楽しいぞ、あきらめるな」

 そのころは勉強など目になく、体育祭の応援団に立候補。練習は午後10時ごろまで。体重は10キロ落ちたが、「部活動も適当だったのに、何かに打ち込める自分に気づいた」。

 「オレ、大学行くから」。模試の結果も見せたことがない両親にそう伝えたのは昨秋だったという。

 昨年11月ごろ、タケシが小学5年から通う学習塾を訪ねた。

 「過去完了形になると…」「関係代名詞の訳は…」。英語が苦手なタケシ。そのそばで、付きっきりになって教えていたのが推薦で福岡市内の私立大に合格が決まった親友(18)だった。「このパターンを覚えればいいんよ」。その言葉にタケシが大きくうなずく。何だか、ほほえましい風景だった。

 「スマホ(スマートフォン)でちゃんとニュースチェックしているのか」。塾長から声を掛けられたタケシは、「エヘッ」と照れ笑いでごまかした。

 暗記が苦手なタケシは、選択科目では暗記量が多い「日本史」「世界史」ではなく、「政治経済」を選択した。中学校の復習から始め、1日1ページの暗記も欠かさない。「安保デモも、安倍首相も知ってるよ。新聞は読んでいないけど、ニュースは見るようにしているから」

 塾の生徒が帰って静まり返った教室で、塾長はこんな話をした。「『BF』って聞いたことありますか?」

 ボーダーフリー。「底なし」という意味だという。大手予備校の難易度ランキングの一覧表を広げた。九州の私立大の中にも、偏差値が低い「BF」が並んでいた。選ぼうとしなければ、誰でも入学できる。「大学全入時代」の現実があった。

 「あいつ、何も言わないけど、親の跡を継ぐ前に、いろいろ経験したい、見てみたいって、それなりに格闘してるんですよ」。塾長はそう見守る。

 なぜ大学を目指すのか-。ベタな質問に、タケシは「え、当たり前じゃないですか。遊ぶためですよ。早くこんな生活から抜け出してぇよ~」。そしてこうも加えた。「親には恥ずかしいから言わないけど、オレ長男だから」。屈託のない笑顔に、彼なりの覚悟がにじんでいた。

    ◇    ◇

 私大の4割、定員割れ

 大学志願者数が入学定員を下回る「大学全入時代」。1990年代に入り、少子化に伴い、大学入学適齢期の18歳人口が減少傾向。その一方、進学率の高まりを受け、大学学部設置基準が見直され、入学枠は拡大。4年制大学への進学率は2009年、初めて50%を超えた。日本私立学校振興・共済事業団(東京)の調べでは昨春、4年制私立大の4割が定員割れ。05年度調査では、定員割れの大学数は160大学で29%だった。18歳人口は現在、約120万人で18年から再び激減する。

=2016/01/10付 西日本新聞朝刊=

 シリーズ「教育はいま」

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