時が止まった「神宿る島」 宗像・沖ノ島、土器片、今も手つかずで

西日本新聞

 玄界灘にある沖ノ島(福岡県宗像市)は、4世紀後半から9世紀末の国家的祭祀(さいし)の様相を今に伝える。2017年には、沖ノ島を含めた「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界文化遺産登録が期待される。沖ノ島が11月17日、報道陣に公開された。島を歩くと、信仰の原風景が時を止めたまま残っていた。

 沖ノ島は沖合約60キロに浮かぶ。対馬を経由し、朝鮮半島へ向かう海の要衝だった。同市の神湊港から船で約1時間20分かかる。

 この日は雨。時折、船は大きく揺れた。大海原で山のようにそびえる沖ノ島を目の前にすると、心が安らぐ。古代の人々も同じ心境だったのだろう。沖ノ島は、航海安全を願う人々の信仰の対象となった。

 島の周囲約4キロは断崖ばかり。南側に港がある。沖ノ島は神体島。上陸後、海水で禊(みそ)ぎをしなければならない。社務所で服を脱ぎ、肩まで海に漬かった。

 一木一草一石たりとも持ち帰ってはならない。例外は御神水。航海の途中で立ち寄る人々のために、水だけは許されたのだろう。

 宗像三女神の一人、田心(たごり)姫神を祭る沖津宮へ向かう参道は急な上り坂。20分ほど歩いて標高約90メートルまで登った。神道の原形とも言える原始宗教では、人々は巨岩や山、海などの自然に神々を見いだし、畏れ敬った。その名残なのか、沖津宮の社殿は巨岩の下に潜り込むように建っている。

 高さ10メートル前後の巨岩がいくつもある。4世紀後半は岩の上、5世紀後半からは岩の陰で祭祀が行われた。7世紀後半になると岩陰から少し離れ、8世紀から9世紀末までは平らな場所が祭祀の空間に。500年間の祭祀の変遷が、一つの島の中で見てとれる。

 巨岩の前に立つと、言いしれぬ自然の偉大さと荘厳な雰囲気を感じる。思いの外、巨岩は隣接している。木々が生い茂り、巨岩の周りに大勢は集えない。

 巨岩の近くで数々の奉納品が見つかった。新羅製とみられる金製指輪、中国製と考えられる金銅製龍頭、ペルシャのガラス碗(わん)片。シルクロードを経てもたらされた品々を含む出土品約8万点は国宝だ。辺りには土器片が今も手つかずで残されている。時が止まったかのような空間だった。

 沖ノ島は女人禁制という禁忌が注目されるが、そもそも年1回の現地大祭を除き、渡島できない。世界遺産の目的は人類共通の遺産の保護。しきたりも含めて守らなければならない。

 島には亜熱帯の植物オオタニワタリなどが自生し、カンムリウミスズメなど希少な海鳥の繁殖地でもある。自然保護の観点からもむやみに公開できない。

 沖ノ島の価値は他の構成遺産からも読み取れる。湍津(たぎつ)姫神を祭る中津宮(大島)、沖ノ島を臨む沖津宮遥拝所(同)、市杵島(いちきしま)姫神を祭る辺津宮(田島=本土)、祭祀を担った地元豪族・宗像氏の新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群だ。宗像大社の葦津敬之宮司も「(遺産群は)守るべきものと、開示すべきものに分けられる」と話す。

 3時間半ほど滞在し、島を後にした。古代の人々も感じ取った神秘性。それを体感したからなのか、帰りの船は安心感があった。

=2015/12/08付 西日本新聞朝刊=

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