【第6部 移住の杜の20年】<4>悪循環 支え手にも高齢化の波

西日本新聞

 両手のつえを交互に動かし、下り坂をゆっくり進む。1月中旬。1人暮らしの女性(78)は美奈宜(みなぎ)の杜(もり)(福岡県朝倉市)唯一のクリニックに10分かけて向かった。「股関節の痛みがぶりかえしてね…」

 街の管理棟近くの1階。医師は金曜の午前しか顔を見せない。ほかの日に痛みが出たら、市街地の病院まで車を15分ほど走らせる。

 3年前まで植樹に出かけたり、朗読サークルに通ったり、飛び回った。いつの間にか体の反応が遅くなり、人混みが怖くなった。

 一昨年の秋。自宅でストレッチをして、腰を痛めた。水も飲みに行けず、1週間寝込んだ。体温計は38度。「ご近所さんにこの姿を見られるのは…」。はうように車で病院に向かった。

 友人の助言に従い、パソコンの画面とにらめっこした。昼夜にかかわらず、自宅まで駆けつけてくれる医者をネットで探した。飛び込みの患者に対応する医者は市内では、5キロ以上離れた所に2人だけだった。

 午後1時半。美奈宜から約7キロ離れた県道沿いで医院を営む坂田高(62)は車に飛び乗った。注射類、血圧計の詰まったかばんは、重さ5キロはある。毎日2時間、4、5人の家を回る。

 診ている患者は約50人。美奈宜の患者も数人いる。それぞれに携帯電話の番号を伝え、24時間見守る。容体が悪くなれば、酒も飲まず1週間待機するのもざら。ただ飛び込みの患者まで診る余力はない。

 「知らない人から四六時中電話がかかってきては正直、身が持たない」

 地域の医師も年を取る。地元の朝倉医師会によると、美奈宜近辺の開業医はここ7、8年で2軒が廃業した。2010年、医師会のアンケートに回答した40医療機関の約8割は「在宅医療(往診)をしている」と答えた。多くは病院や診療所を旧来の市街地の国道沿いに構える。離れた山あいにある美奈宜は「どうしても遠いイメージ」。地域の隅々まで「救い」の手を差し伸べられないもどかしさを、坂田は口にする。

 美奈宜では「若者」と呼ばれる自治会長の福元雄平(67)。自宅でA4の2枚に文字をびっしり詰め込んだ「陳情書」を広げた。街の中に訪問介護などをする小規模多機能型の施設を設置できないかと一昨年、市に提出したものだ。

 こうした施設は国の原則に従い、高齢者人口や交通事情を踏まえて市内を大まかなエリアに分け、立地される。市の返答は「そもそも個別の地域を前提にした整備はできない」-。

 今、住民約650人のうち、要介護・支援の認定を受けているのは11人にすぎない。福元は「少ないんじゃない。医療・介護施設がないから、まだ動けるうちに引っ越している」とみる。街を離れるお年寄りはここ5年で急増し、46世帯に達した。街唯一のクリニックにもかつては医師が常駐していた。受診者が減ったため、週1回になった。

 病院も施設もないから人は離れる。需要が少なければ、ますます拠点づくりが敬遠される“悪循環”。

 「わがままなのは承知の上」と福元。国が高齢者移住の旗を振る今「ここを実験場にしてくれればいい」との思いが日々、募る。「例えば、美奈宜を福祉特区にするとか」。市から前向きな回答はない。 (敬称略)

=2016/02/10付 西日本新聞朝刊=

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