口添えは無用と信じたい

西日本新聞

 この夏、九州北部に住む30代の会社役員A男さんは、自身の体の異変が気になっていた。ある部分を手で触ると、しこりのようなものができていたからだ。痛みはなかったが、医師に診てもらう必要があると考えてB病院を受診した。

 対応したのは自分と同じぐらいの年齢の男性医師Bさんだった。A男さんは触診とエコー検査を受けた後、医師Bさんに「がんの疑いがある。早急に手術する必要がある」と言われた。がんならば放置しておくと転移する恐れがあった。

 A男さんは妻と子ども2人の4人家族。子どもはまだ3歳と2歳だった。父親として家族の生活を支える役割、会社の経営陣として従業員の生活を守る責任があった。「がんと言われて驚き、死の恐怖が襲ってきた。絶対に死ぬわけにはいかないので、すぐに手術しなければと思った」と振り返る。

 手術はその日のうちに実施されることになった。医師Bさんが引き続き担当するとのことだった。

 A男さんは手術を受ける気持ちにはなっていたが、医師Bさんに、手術を任せていいのか不安が募った。手術は全身麻酔で、メスを入れられるわけだが、身を託しても大丈夫な相手なのか...。医師Bさんは対応は丁寧で説明もきちんとしてくれたが、この日が初対面だっただけに「信頼できる医師」との確信がまだ持てなかったのだった。

 A男さんは手術に入る前、知り合いの医師Cさんに電話で連絡し、自分の手術をきちんとしてもらえるよう、B病院の院長に口添えしてくれるようお願いした。医師CさんがB病院の院長と顔見知りであるのを知っていたからだ。医師CさんはA男さんの依頼に応じてくれた。

 手術直前、医師Bさんが「医師Cさんからご連絡があったことを承知してます」と声を掛けてきた。医師Bさんの対応や態度に変化はなかったが、A男さんは「口添えによって、自分を特別な患者と医師Bさんは認識してくれたはず。これで手術もきちんとやってくれる」と思い、不安が和らぎ、そのまま手術を受けることができたという。

 手術は成功。今、A男さんは転移もなく元気に過ごしている。

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 医師はどの患者にも等しく、全力で診療に取り組んでくれていると思いたいが、現実はどうなのだろう。

 きちんと診療してもらうためには、影響力のある人の口添えが有効な場合もあるのか。「かつては手術前に医者に付け届けすることが結構あった」という話を高齢者から聞いたことがあるが、実態はどうだったのか。今はどうなのか。

 国民皆保険が確立して50年以上。口添えなど無用な「患者に対する平等」が医療現場に浸透し、医師Bさんも口添えの有無に関わらず、A男さんに精いっぱいの手術をしたと信じたい。=2014/11/21付 西日本新聞朝刊=

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