延命拒否 あるALS患者の死 在宅介護 環境厳しく

西日本新聞

 自宅で1人暮らしをしながら、全身の筋肉が衰えていく難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘っていた男性が延命措置を拒否し5月に62歳で亡くなった。福岡市東区の元病院検査技師男性。在宅サービスの拡充を自治体に求めるなど、自分らしく生きることに懸命な印象があったのに、なぜ自ら命を閉じる選択をしたのか。亡くなった後に、関係者に取材しても明確なことは分からなかった。ただ私は、体が動かなくなる絶望感を抱えながら、在宅暮らしを続けることに男性は疲れたのかもしれないと思っている。

 男性は2006年から手足のまひで転倒するようになり、09年に退職。12年にALSと診断された。取材で男性の自宅マンションを初めて訪れたのは13年秋。当時、男性は日中はリクライニング式車いすで過ごし会話もできたが、横になれば寝返りさえうてない状態。食事など生活全般で介助が必要だった。市からは介護保険制度で「要介護4」と認定されていた。だが、それでは在宅サービスが十分に受けられなかったため障害福祉サービスの上乗せを求めて、行政不服審査法に基づく審査請求を13年夏、福岡県に申し立てていた。携帯電話の操作さえ難しかった男性はケアマネジャーらの力を借りながら、そうした行政との交渉に取り組んでいた。支援集会で口から流れるよだれを気にもせず、かすれる声で訴えていた姿を私は忘れることができない。

 上乗せが認められない間は貯金を崩しながら月20万円前後を自己負担してヘルパーを確保。介護保険の訪問介護を含めて1日4回、自宅に来てもらっていた。

 市は14年8月から上乗せを認め、自己負担は約3万6千円で済むようになった。経済的な不安は和らいだが病気は容赦なく進行、ベッドで過ごすことが増えていった。主治医によると、同年4月から今年2月にかけて3回、気管切開による人工呼吸器装着や胃ろうといった延命措置の希望を確認した。その際、気管切開するとたんを吸引できる人の付き添いが常時必要になることも説明した。

 これ以上公的サービスを増やせるのか-。そんな不安を男性が感じていたのかは不明だが、すでに声が出なくなっていた男性は文字盤で主治医に「気管切開や胃ろうはしない」「入院治療は望まない」と伝えたという。そして「俺を死なせてくれ」とも訴えたという。

 福岡市障がい者在宅支援課はヘルパーの24時間派遣について「申請があれば検討もできた」とする。実際、今年8月末時点で20人の障害者にヘルパーの24時間派遣を認めている。だが、気管切開や胃ろうの場合は専門研修を受けたヘルパーでなければならず「24時間365日、確保するのは難しいのではないか」とALS患者の在宅診療に取り組んでいる医師は語る。

 患者や家族でつくる「日本ALS協会」が把握しているところによると、気管切開している1人暮らしのALS患者は全国で約10人。吉良潤一九州大大学院教授(神経内科)は「ALS患者が気管切開後も1人で暮らすとなると、自治体やボランティアに支援を求めるなどかなり頑張る必要があるが難病を患いながらそれをするのは難しい。本当は生きたいのに、介護者がいないために死ぬ選択をしているような状況があるのならば改善が必要」と訴える。

 3月下旬、男性は自宅で呼吸困難になっているのをヘルパーに発見され病院に搬送された。望み通りに気管切開や胃ろうを受けることはなく、マスク型人工呼吸器や栄養剤点滴で対応され、約2カ月後に息を引き取った。

 元気なころ男性は博多祇園山笠のかき手を毎年務め、自宅には山笠の手ぬぐいや写真が飾られていた。夕食時、発泡酒をストローで飲むのも楽しみにしていた。好きなものに囲まれ、自由に飲み食いする暮らしは病院では難しい。男性に限らず最期まで自宅で、と願う人は多い。

 だが「男性は気管切開すれば、家には帰れないとあきらめているようでした」と、30年来の付き合いというケアマネジャーは振り返る。

 男性は離婚しており2人の子どもは関東や関西で働いている。2人は父親の選択を了承したという。

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 男性が申し立てた審査請求について福岡県は今年2月、男性の訴えを認め、市の処分を取り消す裁決をした。これに基づき市は、13年5月から14年8月にかけ男性が自己負担した額を、遺族に返還する手続きを進めている。

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 【ワードBOX】ALS

 運動をつかさどる神経の障害によって全身の筋肉がやせて力がなくなっていく国指定の難病。呼吸筋まひによる呼吸不全が起き、食物の飲み込みも難しくなる。原因不明で治療法は未確立。患者は全国に9240人(2013年度末)。視力や聴力、体の感覚、認知機能は問題ないとされる。人工呼吸器を用いなければ通常2~5年で死亡することが多い。日本ALS協会は気管切開による延命治療を選択する患者は約2割と推定している。=2015/10/30付 西日本新聞朝刊=

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