乳がんを患いながら...

西日本新聞

 重い病気を患いながらも家族のために毎日踏ん張り続けている人はいる。福岡県のフミさん(50歳、仮名)もそうだ。

 フミさんが乳がんと診断されたのは2010年5月。骨にも転移し、医師に「手術はできない。完治しない」と言われ衝撃を受けた。家族は夫(56)と子ども2人。当時長男(22)は高2、次男(17)は小6。子育てまっただ中だった。食事の世話など、これまで続けてきた母親としての、妻としての役割を一日でも長く果たしたい。そう願いながら、通院で薬物療法を受けてきた。

 この6年弱、がんが悪化することはなかった。だが抗がん剤の副作用で手にあかぎれのような傷ができて痛むし、がんとは別のいろいろな問題も容赦なく押し寄せた。一つは近くに住む両親のこと。母(73)が認知症を患って、料理が上手に作れなくなったりしたため、13年秋、フミさんは次男とともに両親の元に引っ越して同居した。当時、夫は関東に単身赴任、大学生になった長男も県外で暮らしていた。

 フミさんが夕食を用意するなどして両親の暮らしを支えた。ところが、父が母の病気を受け止められず、どうしても母に攻撃的に接してしまうことから、15年9月、母を施設に入所させた。同じころ、父も認知症と診断され、フミさんや次男に厳しく当たるようになり、同居解消に追い込まれた。1人となった父は自宅でけがをし、入院となった。

 一方、次男にも問題が起きた。進学した高校になじめず登校しなくなったのだ。フミさんは連日弁当を作って登校するよう促したが状況は変わらず、今年1月退学した。

 2月下旬、私の取材に応じてくれたフミさんは「乳がんと診断されて以来、人生のどん底を味わった」と話した。「それでも元気なのは、もしかしたら、落ち着かない毎日があるから頑張れるのかも」とも言われた。フミさんは家事をこなすだけでなく、家計のために週5日スーパーでパート勤務もしている。

 実はフミさんは「医見異見」の「乳がんでつらいのは...」(2月20日付)を投稿してくれた人だ。フミさんは同じような体験をしている人がいれば、話がしたいと希望している。=2016/03/05付 西日本新聞朝刊=

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