【聴診記】病乗り越え自立一歩ずつ

西日本新聞

 「朝6時半には起きないと間に合わないのに。くそ! こんな時間(朝7時すぎ)に起きるなんて。ああ嫌だ」-。今月上旬の朝、統合失調症とされる20代の男性Aさんの自宅を訪ねたときのこと。7時10分ごろ、自宅入り口のボタンを押して呼び出し音を鳴らすと、出てきたAさんは不機嫌そのもので、冒頭のような愚痴を吐き続けた。今起きたばかりで、寝坊したのだという。

 Aさんは精神科病院のデイケアに朝から通うのが日課。ただ精神科病院に行くには、地下鉄からJRに乗り継ぐ必要があるなど最低でも1時間半はかかる。不機嫌なのは、デイケア開始に遅れそうだったからだ。

 Aさんが統合失調症と診断されたのは高校生のときだ。3カ月の入院で勉強が分からなくなり、高校は中退。通信制の高校は卒業したが、大学などに進むことはなく、仕事の経験もスーパーのレジ係などとして半年ほど働いたことがあるだけ。今も体力に不安があって働くことができず、生活保護を受けながら、ワンルームマンションで1人暮らしている。

 とにかく自立したい。Aさんはそう願い、スポーツなどのプログラムを提供するデイケアを昨年から利用。デイケアに遅刻せずにきちんと通うことも訓練の一つと位置づけている(私がこの朝、おじゃましたのはデイケア通院に同行取材させてもらうためだった)。

 だからこそ、この朝、寝坊したことにいら立ったのだった。「自分は小学生のときから高校生のときまで遅刻が多かった。病気以前の問題だと思っている。だらしない自分を変えないと。仕事だったら遅刻は許されないですから」

    ■   ■

 ただ、Aさんのその後の行動は素早かった。

 シャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かし、歯を磨いた。「朝ごはんはしっかり食べないと」と昨夜の残り物という雑炊を温めて、かき込むことまでした。

 自宅から最寄りの地下鉄駅までダッシュ。7時45分ごろには地下鉄に乗り込み、次の乗り換えでも駅から駅まで再びダッシュ。途中「せめてあと10分早く(自宅に)来てくれたら、よかったのに」と私にいらだちをぶつけたり「もう遅刻!」と叫んだりしながらも、デイケア開始に何とか間に合わせたのだった。

 精神科医療に頼り切るのでなく、自分自身も力を尽くしながら病気を乗り越えようとしているAさん。ぜひとも回復し、一つのモデルを示してほしい。


=2016/03/12付 西日本新聞朝刊=

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