女として生きる夫 妻は… 映画「リリーのすべて」フーパー監督に聞く 性別適合手術の実話 無私の愛描く

西日本新聞

 「女として生きたい」と夫に告げられたら妻はどう受け止めるのか。今から八十数年前、生まれつきの性に違和を覚え、世界で初めて性別適合手術を受けた人がいた。デンマーク人画家リリー・エルベだ。その実話を基にした映画「リリーのすべて」が18日に日本で公開される。今なお奇異で特殊と扱われかねない素材だが、来日したトム・フーパー監督は「20世紀に語られなかった愛の物語だ」と語った。

 物語は画家同士の夫婦の幸せな日々から始まる。主人公アイナーはある日、妻のゲルダにバレリーナの肖像画のモデルの代役を頼まれ、気乗りしないままサテンのトーシューズを履き、白いチュチュを体に当てた。しかし、次第に自分の内面に潜んでいた女性の存在に気付く。男である体と女である心の乖離(かいり)は深まる一方。ついに、男性から女性へと変わる手術に臨む。

 「脚本を初めて読んだとき、3度泣いた」と監督は明かす。体にメスを入れてまで自分のあるべき姿を希求する切実さもさることながら、その思いを真摯(しんし)に受け止めていくゲルダの存在が大きかったからだ。

 夫が女装して自らをリリーと名乗るのは芸術家の遊びにすぎないと考えていた彼女も、アイデンティティーに目覚めていくその姿に苦悩を抱える。手術によってアイナーという夫を失いながらも、葛藤を乗り越えてパートナーのリリーを最期まで支える。自分を解き放つことで得られる愛。監督はそこに今に通じる普遍性を見いだした。

 「自分より彼の幸せを大切だと思う無私の愛。人々が自分勝手になってしまった時代に、光を当てるべき物語だと思った」

 ロンドン在住。リリーのような心と体の性が一致しないトランスジェンダーをめぐる英国の状況について「この数年間で急激に変化し、子どもに生まれつきの性にとらわれなくていいと教育している」と述べ、理解が広がっていると説明。製作に入る前には主役のエディ・レッドメインと共に当事者にも話を聞いた。

 著名な歴史作家で1970年代に「苦悩‐ある性転換者の告白」(邦題)を記したジャン・モリス、元男性だと知らされずに結婚したという理由で離婚されたモデルのエイプリル・アシュリーなど。映画「マトリックス」の監督で、男性から女性への性別適合手術を受けたラナ・ウォシャウスキーは「単なる悲劇ではなく、アイデンティティーを求める旅路のつらさ、それを見つけた喜びや幸せをきちんと扱ってほしい」と助言した。

 フーパー監督は「男性から女性に変身するのではなく、抑圧されたものが自分の中から出てきたように演じてほしい」とエディに注文を付け、リリーとゲルダの感情の揺らぎを丹念に描いた。

 2人の葛藤の軌跡は、フーパー監督が手掛けた米アカデミー賞受賞作「英国王のスピーチ」で、友情や信頼を得て吃音(きつおん)を克服する国王の物語にも重なる。

 「自分の真の姿を見つけるために私たちはさまざまな障害を抱えている。羞恥心や不安、吃音も性別違和も。それでも人に愛され絶大な変化を遂げられる。そんな人間のキャパシティーの大きさに私は関心がある」。自分に、愛する人に誠実に生きているか。見る側に投げ掛けられた問いだ。


=2016/03/16付 西日本新聞朝刊=

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