連鎖を断つ(2)虐待乗り越え大学院へ

西日本新聞

 「サンタさんどーれだ。かくれんぼしてるよ」

 杏(25)=仮名=が絵本を持ってきた男児を膝に乗せ、抱きしめながら読み聞かせる。

 杏が働くのは、福岡県内の乳児院。経済的事情や育児放棄、虐待。さまざまな理由で児童相談所に保護された2歳未満の幼児約20人が暮らす。

 生まれた病院から直接入所した子もいる。毎日面会に来る親もいれば、全く来ない親もいる。

 自分の不遇を知らず、甘えてくる乳児たち。杏は、かわいい盛りの笑顔を見ながら、言い聞かせる。

 「今度は私が子どもを支援する番だ」

    ◇    ◇

 中学生の杏と2人の弟は、電気と水道が止まったアパートでじっと耐えた。トイレの水も流せず、お風呂にも入れない。そんな夜がたびたびあった。

 シングルマザーの母親は、見も知らぬ「彼氏」と旅行に出掛けたまま。生活保護を受給していたが、大半は母親が遊びに使い、納豆1パックをきょうだいで分け合うことも珍しくない。

 家事も、弟の世話も杏が担った。苦しい境遇でも杏は懸命に勉強し、福岡県内の県立進学校に合格した。

 「お金を勝手に使わんで」。杏が母親を諭すと、逆に「高校やめて働け」「あんたなんて産まなきゃよかった」と怒鳴られ、掃除機のパイプで殴られた。

 高2の夏、コンビニのアルバイト代を奪われた。「私が稼いだお金やけん」と奪い返そうとすると、母親は泣きそうな声で「本当に死んで」と言い、包丁を突き付けた。杏は家出した。

 友人宅、児童相談所を経てたどりついたのが、里親の豊田幸子(60)=仮名=夫妻だった。

    ◇    ◇

 自己肯定感がなかなかもてず、「死にたい。誰かが私を刺してくれればいいのに」と、ずっと思っていた。そんな杏を、幸子は正面から受け止めた。「自分が嫌い」「じゃあ、好きになるために何かしたの」。そんな会話を夜が明けるまで続けたこともある。

 自分の好きなところ、嫌いなところ。杏は紙に書いて自分を見つめ直した。幸子が見つけてきた民間企業の奨学金を得て、西日本地区の私立大学に入学できた。時間をかけて、自分の将来を前向きに考えられるようになった。

 そのころ、母親も虐待を受けて育ったことを、祖母から告白された。

 大学を卒業し、乳児院に就職。愛情に飢え、不安定な子どもが多いことを知った。「乳児院は子どもたちにとってのお家」だが、職員はシフト制のため、親のように1人が同じ子どもに接するわけではない。施設の限界も痛感した。

 杏はこの4月、3年間働いた乳児院を離れ、臨床心理学を学ぶため、国立大学の大学院に研究生として入る。研究テーマは、私大の卒業論文と同じ「虐待の世代間連鎖を断ち切るために」。

 「私には支援する側、される側の両方の気持ちが分かる。どうすれば厳しい環境にいる子どもたちを幸せにできるのか。専門的な知識を身に付けたい」。そう決意し、次の一歩を踏み出す。

=2016/03/31付 西日本新聞朝刊=

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