民謡編<290>ゴットン節

西日本新聞

 ユネスコ記憶遺産の登録を受けた山本作兵衛の炭坑画には説明と共に炭坑唄(うた)の歌詞が多く書き込まれている。炭坑マンとして60余年も働き、自らの経験の中で実際に口にした、耳にした炭坑唄だけに民謡研究にとっても貴重な記録になっている。作兵衛を知る人は一様に語る。

 「作兵衛さんは酔うとゴットン節をよく歌っていました」

 〈唐津げざいにんのスラ引く姿 江戸の絵かきも描きやきらぬ ゴットン〉

 最後のはやし言葉的な〈ゴットン〉からゴットン節と言われる採炭歌である。『炭坑節物語』(深町純亮著、海鳥社刊)は「『ゴットン』というのは炭壁にツルハシが打ち込まれるときの音をあらわす」と記している。

 ゴットン節は明治時代の中ごろ、佐賀県の唐津炭田の炭坑マンが石炭景気にわき始めた筑豊に持ち込み、定着し、広まった。ゴットン節は明るく、躍動的な炭坑節に比べて哀愁を帯びた、ゆったりとしたテンポのブルース調である。

 「その悠長なリズムから、昇坑のときの長い上り坂をゆっくり歩いたその歩
調に合わせたものであろう」(同書より)

   ×    ×

 炭坑節の語り部、原田巌は作兵衛と同じようにゴットン節を気に入っている。

 「歌詞の多彩さがなによりも魅力的で、歌詞の内容によって歌い手の気持ちが変わります」

 作兵衛は明治、大正だけで130以上あったと記しているが、昭和を加えれば歌詞は数百にものぼるだろう。原田は次の歌詞をベスト1に挙げた。

 〈汗をふく手に乳房が揺れる 可愛(かわい)いぼうやを思い出す ゴットン〉

 「坑内作業中のふと手を休めたとき、張った乳房にさわって、家の乳飲み子を思い出した、という歌でしょう。母親の情感がにじみ出た歌詞です」

 もちろん、この歌の背景には女性も過酷な坑内労働に従事した現実があり、年少者も入坑した。

 〈七つ八つからカンテラさげて 坑内さがるも親の罰 ゴットン〉

 自嘲的な歌詞もある。

 〈ヤマの坑夫が人間ならば 蝶々(ちょうちょ)とんぼも鳥のうち ゴットン〉

 一方で炭坑マンの生活のよさを歌った詞もある。

 〈赤い煙突目当てに行けば 米のマンマがあばれ食い ゴットン〉

 いずれも詠み人知らずの、詞というより民衆詩というべき秀作ぞろいだ。

 労働現場の悲惨な実態から暮らし、恋愛まで幅広く歌い込んだゴットン節は、その断片的な歌詞をつなぎ合わせれば炭坑を語り継ぐ壮大なヤマ人の叙事詩になる。 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2016/05/30付 西日本新聞夕刊=

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