<39>歌う店主懐かしの曲と味と 宝龍(北九州市小倉北区)

西日本新聞

 ♪毎日、吹雪、吹雪、氷の世界~。昼の営業が一息ついた午後3時半、北九州市小倉北区にある「宝龍(ほうりゅう)」の店内には井上陽水さんの名曲が響き渡っていた。BGMではない。店主、田川雅敏さん(56)のギターの弾き語りだ。しかも意外にうまい。

 「知らずに入ってきたお客さんは驚きますよね」。手を休めた田川さんが笑う。7年ほど前、知人に誘われライブハウスなどで演奏するようになり、店の小上がりで練習を始めた。当初は空き時間があればという程度だったが、今では「(歌わないと)声が出なくなる」と毎日がっつり歌い、時には客のリクエストにも応じる。

 陽水さんのほか、吉田拓郎さん、チューリップなど1970年代のフォーク、ニューミュージックが得意のジャンル。“歌うラーメン店主”との異名を持つ田川さんは「音楽をきっかけにお客さんとつながる。それがいいんですよ」。

 ギターは高校時代からの趣味。一方、本業のラーメンに話が及ぶと「まさか、ずっとやることになるとは思っていなかった」と振り返る。

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 高校卒業後、北九州市の有名店「東洋軒」で働き始めた。同級生に「人手を欲しがっている」と紹介されたのがきっかけで、積極的に選んだ道ではなかった。

 久留米ラーメンをルーツとし、63年ごろに創業した老舗は「いつも行列で、とにかく忙しかった」。最初は出前、次第に厨房(ちゅうぼう)も任されるようになった。スープの色や粘度を見ながら火加減や時間を調整する。働いていくうちに「自分にはこれ以外の仕事はない」と思い始めた。そして90年に独立した。

 東洋軒と同じく「久留米ラーメン」を掲げた。豚骨と鶏がらを混ぜたスープを時間差でたく。師匠の店と同じようにすぐに人気となった。

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 「祝開店 東洋軒」と書かれた壁時計が午後4時を指した頃、新たなお客さんが入店してきた。「いらっしゃいませ」と、ギターを置いた田川さんは職人の顔になる。羽釜から泡だったスープをすくって丼に注ぐ。甘い豚骨の香りが漂う。ギターから持ち替えた平ざるで小気味よく麺を湯切りする。

 私も一杯いただいた。黄土色のスープをすする。元だれに支えられながら、こくのある豚骨の風味が染みわたる。派手さはないが、どこか懐かしい。まるでフォークソングのような味わいである。

 「ラーメンは作り手の分身なんです。ラーメンとともに自分も売っているつもりで、いかにお客さんを喜ばせるかをいつも考えている。難しいけどやりがいでもあります」
 (小川祥平)

=2016/06/02付 西日本新聞朝刊=

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