被災地に生きる 仕事失い仮設も入れず

西日本新聞

 「住むね、それとも出て行くね。借りたい人がいるから、早く決めて」
 
 熊本地震から1週間。震度7に2度見舞われた熊本県益城町のアパートで暮らす岡田久美子(29)は、大家からこう迫られた。

 長女琴美(15)、長男良彦(2)と3人暮らし。パート勤務していた近くの食品工場は操業を停止。手取り8万円の月収がなくなり、4カ月に1度支給される児童扶養手当と児童手当(計22万円)しか収入はなくなった。

 5月分の家賃は5万円。今春、琴美が公立高校に進学し、約10万円の入学費用を払ったばかりで、手持ちの現金は20万円ほどしかなかった。食べていくことを考えると、出て行かざるを得なかった。

 今は熊本市の実母の家に身を寄せる。母は生活保護を受けており、久美子たちの同居が役所に知られれば、「世帯収入が変わった」として保護費が減らされる可能性がある。「同居がばれないか…」と、気が気でない。

 家賃が安いアパートを探すが、益城町の周辺では地震の影響で物件は少ない。不動産店で紹介された物件は、敷金・礼金と1カ月分の家賃で「最低でも20万円はかかる」と言われ、二の足を踏んでいる。

 久美子も母子家庭で育ち、子どものころから電気やガスが頻繁に止められていた。「子どもには貧しい思いをさせたくない」と、良彦が生まれるまで日中は洋服店、夕方からは飲食店で働き、月収は15万円を超えていた。パート勤務になっても、何とか生活はできていた。

    ◇    ◇

 地震で状況は一変した。スーパーで半額の弁当や野菜の見切り品を買い、食費を切り詰めている。乳離れしかけていた良彦は、おっぱいを飲むことが増えた。少しでも母親の姿が見えないと泣く。まだほとんど言葉は覚えてないが、「じしんこわい」とだけは言う。

 パート先の食品工場は5月中旬、操業を再開。「戻っておいで」と言ってくれたが、車を持たず、実母の家からは通勤できない。家が決まらないので、ほかの仕事も探せない。

 「みなし仮設住宅にも入れない私たちは、どうやって生活を立て直せばいいのか」。久美子は途方に暮れる。

 住んでいた益城のアパートは「半壊」。町は地震後、自治体が借り上げる民間賃貸住宅(みなし仮設住宅)に入居できる対象を「大規模半壊」から「半壊」に改め、対象を広げた。ただ、大家が家屋解体を決めることが条件で、久美子たちは対象外だ。

 避難所に行こうと考えたが、琴美が「知らない人に生活を見られるなんて耐えられない」と拒絶した。思春期の娘の気持ちはよく分かる。

 そんな琴美が5月中旬、高校から帰るとプリントを差し出した。夏服購入の案内で、1着2万円。「買わなくてもいい?」と聞いたが、「みんなと一緒がいい」と言う琴美の言葉が、胸に重くのしかかる。

 「地震の前に戻してほしい」。プリントを見ながら、久美子はこう繰り返すしかなかった。

 (登場人物はいずれも仮名)

=2016/06/08付 西日本新聞朝刊=

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