被災地の学校(1)保健室 見えない子どもの心

西日本新聞

 熊本地震の被災地では、多くの学校が5月の連休明け、授業を再開した。だが、教室、授業、グラウンド、給食…。どれもまだ、以前のような姿ではない。教員や子ども、父母たちは、課題や悩みにどう向き合っているのか。熊本県内の学校現場をルポしていく。

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 保健室には午前9時すぎ、1年生がおずおずと入ってきた。「どうしましたか?」。養護担当の江崎賀子(のりこ)教諭(43)が問い掛けると、小声で「しんどい」。体温計で測るが、熱はない。同じような低学年児童がさらに2人訪れ、しばらくすると教室に戻っていった。「こんな子が多いんですよ」

 震度7の直撃を2度受けた益城町にある広安西小学校。児童17人が県内外に転校し、児童数は758人。体育館と視聴覚室は避難所となり、住民約220人も暮らす。放課後、ランドセル姿の児童数人は体育館に「下校」していく。

 地震後、子どもの心のケアが課題になっているが、子どもの心はなかなか見えない。保健室の養護教諭にはどう映っているのか。5月27日、同校の保健室を訪ねた。

 地震前、保健室に来る児童は1日10~20人だった。だが、学校再開後は40~50人に。毎年5、6月は、新学期の疲れや熱中症などで、保健室は忙しい。「それにしても気掛かりなんですよ、この数字」と江崎教諭。授業が進むに連れ、休み時間に訪れる児童は増えた。正午には三つのベッドは埋まり、長いすにも1人が横になった。

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 子どもたちの心身の実情を探るため、同校では学校再開直後の4日間、学校独自でアンケートを連日実施した。

 親子で話し合いながら22項目に回答する形式で(1)目や皮膚がかゆい(2)落ち着かない(3)おなかが痛くなる-の順に多かった。自由記述欄には「夜が怖い」「トイレに行けない」「音に敏感になった」「甘えん坊になった」なども。担任による面談でも、約2割の児童ついて、担任は「気になる」とした。

 江崎教諭は「『かゆい』が多かったのはちょっと意外でした。断水解除後も、夜が怖く、落ち着いてお風呂に入れない子どもが多いんじゃないかな」。

 同校には多くのボランティアが駆け付け、避難所運営ばかりでなく、学校運営もサポートしている。この保健室にも、熊本、徳島県教委からの支援教諭が配置され、3人態勢になった。それでも4月に終わっているはずの身長、体重、視力、聴力検査がこの日、やっと完了した。

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 校内で出会った高学年児童の母親はこんな話もした。

 「私たち一家3人はアパート2階で被災。約2週間、軽乗用車で車中泊を続けた。アパートに戻ると、子どもはしばらく、おねしょをした。家の風呂には入らず、自衛隊の仮設風呂に行く。就寝時も枕元に避難用のリュックサックを置いてからでないと、寝ないんです」

 よほど、怖い夢を見たのだろう。そんな子どもたちの心に、江崎教諭はどう向き合おうとしているのか。「きついとか、痛いとか、その子どもの気持ちをまず受け止める。そして、いつも通りの対応が、何よりなんじゃないかな」

 その日の給食は、コッペパンに魚肉ソーセージとケチャップ、ヨーグルトと牛乳。「給食、食べられる?」と江崎教諭たちが児童を送り出すと、午後の保健室は穏やかさを取り戻した。

 子どもの心のケアに向け、学校現場では専門のスクールカウンセラーとも連携した取り組みも本格化している。そんな中、「心のオアシス」とも呼ばれる保健室は、被災地でも子どもたちにとって、かけがえのない空間であるようだった。

 怖がる姿は回復への一歩

 阪神大震災や東日本大震災でも被災者の心のケアに当たり、支援のため広安西小を訪れていた兵庫教育大大学院・冨永良喜教授(臨床心理学)の話 「落ち着かない」「サイレン音にドキッとする」といった子どもたちの反応は「過覚醒」。つらい体験をしたことで、心身をこわばらせ、緊張、格闘状態にある。「怖い夢を見て、おねしょをする」などは「再体験」。凍り付いていた記憶のふたが開き、体験を思い出している状態で、むしろ心の回復への一歩と捉えるべきだ。

 子どもたちには「地震を怖いと感じることは正常なことで、すごいことなんだよ」と言ってあげてほしい。そして、防災に向けた取り組みや避難行動をほめてあげながら「きっと乗り越えられるから」といったメッセージを伝えることが大切だ。

 子どもの心のケアでは、長期計画に立ち、子どもたちがやがて「語り継ぐ防災教育」の担い手、語り手になっていくような心の復興も求められる。つらい体験や記憶を受容し、安全・安心を育んでいくためにも、ゆっくりでいいから。楽しいイメージづくりや、心身をほぐすリラックス運動なども有効だ。

=2016/06/05付 西日本新聞朝刊教育面=

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