被災地に生きる 受験まで9カ月、焦りも

西日本新聞

 青空の下、子どもたちが校庭を駆け回る。

 5月30日、熊本県大津町の大津小で開かれた運動会。徒競走やリレーで懸命に走る古閑大地(10)と妹の楓花(9)の姿に、父親の英二(47)は目を細めた。

 自宅は南阿蘇村立野地区にあり、大地たちは南阿蘇西小に通っていた。地震で家は全壊し、周囲の道路は寸断された。一家は親戚宅などを転々とし、隣の大津町にアパートを借りた。

 大津小には南阿蘇西小の19人が村外通学している。大地も楓花も新しい学校には慣れたが、帰宅すると「阿蘇に帰りたい。いつ戻れるの?」と聞く。

 「いつか戻れるよ」。英二はそう答えているが、村で営む運転代行業の仕事は地震後めっきり減り、大津町で職探しを始めた。「今の暮らしに慣れてくれるのを待ちたい」。子どもたちをそっと見守る。

 南阿蘇村久石の通信制高校の寮では、南阿蘇中3年の河津奏人(14)が両親と暮らす。土砂崩れなどで自宅から同中に通えなくなった生徒8人のため、寮の空き部屋が「寄宿舎」として提供されている。

 南阿蘇中はこの春、村内三つの中学校が統合して誕生したばかり。奏人は初代生徒会長だ。学校再開から間もない5月11日朝、寄宿舎を出ると激しい腹痛に襲われ救急搬送された。ストレスによる神経性胃腸炎だった。

 同級生や後輩の不安げな表情を見ていると、「自分が手本にならないといけない」と気負う。転校していった同級生もいる。でも、生まれ育った古里が好きだ。「僕たちが復興を引っ張っていけるよう、頑張りたい」と力を込める。

    ◇      ◇

 5月末の朝、熊本県益城町の益城中央小の図工室。被災地の学習支援に取り組む東京のNPO法人「カタリバ」が主催する学習会で、木山中3年の田中真理(14)=仮名=が英語の問題集と向き合っていた。

 木山中の校舎は一部が倒壊する恐れがあり、使えなくなった。休校が約3週間続いた後、益城中央小に間借りして授業を再開した。

 空き教室には限りがあり、多目的ホールをついたてで仕切って授業をしているクラスもある。授業開始前の時間を利用して、カタリバが学習会を始めたのは5月18日。真理にとって貴重な勉強の場だ。

 真理の自宅も全壊。両親と姉とともに、避難所にもなっている同小の体育館で暮らす。地震前は午後11時半まで机に向かっていた。避難所の消灯時間は午後9時半。机もなく、他人の話し声も気になる。放課後、風呂に入るため訪れる祖父の家で、宿題と予習に約2時間かける。

 地震から1カ月半が過ぎ、同じクラスで避難所暮らしを続けるのは真理だけになった。両親は新居を探すが、物件は少なく、見つからない。仮設住宅に入れるかも分からない。

 志願する熊本市内の進学校の受験まで残り9カ月。「新しい家が決まって、一人で集中して勉強がしたい」。避難所の段ボールベッドの上で、焦りを抑えるように語った。 (敬称略)

=2016/06/10付 西日本新聞朝刊=

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