現場から2016参院選(2) 再稼働、原発依存に揺れる住民

西日本新聞

 穏やかな口調にいらだちがにじんでいた。「東日本大震災から5年。(審査を)申請して3年になるが、原子力規制委員会から芳しい返答がない」。6日、玄海町議会原子力対策特別委員会。岸本英雄町長は九州電力幹部に玄海原発3、4号機の審査状況の説明を求めてこう言った。

 九電は2013年7月、新規制基準に基づく玄海原発の適合審査を規制委に申請。既に50回以上の会合を終えて地震や津波の基準はほぼクリアしたが、審査の歩みは遅く、再稼働の時期ははっきりしない。

 「もともと6カ月くらいで終わると思ってスタートした。結果的に3年。もう少しということで進めています」。九電にとって玄海町は家主同然。山元春義取締役は、こう答えるのが精いっぱいだった。

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 11年12月から停止する玄海原発。労働者の宿泊や飲食、地元雇用などを生む動力がストップし、住民は複雑な思いを抱いている。

 「今はなんとか安定しています」と玄海原発から約500メートルの外津大橋のそばで旅館「ちか崎別館」(唐津市鎮西町串)を営む山口均さん(67)。原発停止で激減した労働者は新たな安全対策工事で少しずつ戻りつつあるが、往時のにぎわいには遠い。

 旅館は半世紀前、原発1号機の建設測量が始まるころに父親が開業した。2、3、4号機の増設を追い風に旅館も最大4軒に増やした。「いい時期は四つの原発の定期検査が連続して途絶えず『宴会場の舞台でもいいから泊めてほしい』と頼まれていた」

 だが、東日本大震災による福島第1原発事故で状況は一変。稼働40年を迎えた玄海1号機は廃炉になり、原発頼みの経営は安泰ではなくなった。「あれだけの事故。厳しく規制するのは当然でしょう」。山口さんは現状を理解しつつも不安。「最初から40年で寿命と決まっていれば、旅館を増やさなかった」

 今はスポーツ合宿の誘致などに新たな需要を探る。

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 原発近くの外津地区は約150世帯の集落で、かつては半農半漁や出稼ぎで生計を立てていた人が多かった。今は6~7割が原発関連の仕事に携わる。

 「町民のほとんどが原発に賛成だと世間に思われとる。でも、実際はそうでもなか」。漁船を手入れしていた漁業者の男性(78)は首をかしげる。原発に依存してきた地域を孫の代にどう引き継ぐか。男性は集落の人から将来を案じる声もよく耳にするという。「仕事をしよるから表立って反対と言えんだけ。誰でも心配しよるばい」

 福島第1原発事故後の選挙で、集落に立ち寄る政治家から「原発」の考えを聞くことはほとんどない。賛否双方の支援を求める立候補者側が「原発問題」を大きな争点にしていないという事情もある。参院選も、佐賀選挙区で候補を擁立する自民、民進両党は当面の原発活用を容認し、論戦は望めそうにない。

 「九電も相手にするのは町長や議会ばかり。みんな、もっと住民の話を聞くべきじゃなかか」。男性はもどかしい。

=2016/06/16付 西日本新聞朝刊=

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