<40>東京豚骨ブームけん引の味 御天(東京都杉並区)

西日本新聞

福岡市出身のミュージシャン、甲斐よしひろさん、ザ・モッズの森山達也さんらも通う。岩佐俊孝さんは「今でも博多の人とつながっていますよ」 拡大

福岡市出身のミュージシャン、甲斐よしひろさん、ザ・モッズの森山達也さんらも通う。岩佐俊孝さんは「今でも博多の人とつながっていますよ」

東京都杉並区井草1の29の3。午前11時30分~午後2時、同6時~翌午前2時(金土曜日は午前3時、日曜日は午前1時まで)。ラーメン750円、替え玉130円。休みは年末年始。03(3301)0311。

 1980~90年代、東京で豚骨ブームが起きた。流行をけん引した店の一つが環状7号線(環七)沿いにあった「なんでんかんでん」(2012年閉店)だ。当時は珍しかった濃厚な豚骨スープがテレビ、雑誌で取り上げられ、深夜でも行列が絶えなかった。

 「九州出身者のお客さんも多かったですよ」。当時、スープ作りを担い、現在は東京都杉並区で「御天(ごてん)」を営んでいる岩佐俊孝さん(55)はそう振り返る。そして自分のラーメン人生と、一世を風靡(ふうび)した店の成り立ちを教えてくれた。

    □   □

 福岡市出身。高校を卒業後、地元のホテルに就職し、フレンチの料理人になった。転機は25歳のころ。既に上京していた高校時代の友人、川原浩史さんに「東京にうまい豚骨ラーメン屋がない。作りに来んね」と誘われた。視察に行くと、業務用スープを使ったような店がにぎわっていた。「これはいける」。バブル期、違う仕事への思いもあった岩佐さんは退職を決意した。

 料理に自信があるとはいえ、ラーメンは未知の世界。子どもの頃から通っていた西鉄薬院駅(同市中央区)近くの屋台店主に頼み込み、仕込みを見せてもらった。そこからは「我流です」と言う。

 87年、川原さんがなんでんかんでんを創業し、岩佐さんは店長として厨房(ちゅうぼう)に入った。「最初はだめ。でもテレビに取り上げられ3年後にブレークしました」。濃厚豚骨と、後にテレビで川原ひろしとして活躍する社長のキャラクターも相まって店は繁盛した。

    □   □

 90年代後半、なんでんかんでんの近くのアパートに住んでいた学生時代の記者も何度か行った。ある日、川原さんに「福岡出身です」と伝えるとビールとつまみをサービスしてくれた。忘れられない青春の一コマ。しかしその時、岩佐さんは店を離れていた。

 「お客さんが多すぎて、追求するラーメンを出せなくなったんです」。岩佐さんは95年、現在の場所に御天をオープンさせて独立した。

 車通りの多い環七から住宅街への移転に最初は苦しんだ。そこで思いついたのが「ラーメン居酒屋」。芋焼酎をそろえ、ギョーザなどつまみメニューも充実させた。そして締めのラーメンも味わえる。「お客さんが次に来る時に九州人を連れてきてくれて、どんどん広がっていきました。みんな言うんです。『懐かしいにおいやねぇー』って」

 店内に漂う、そのにおいをかぎながら一杯をすすった。頭骨とげんこつ(足の関節)を強火でたいた茶褐色の濃厚スープと硬めん。高菜も本場さながらですごく辛い。東京だということをしばし忘れた。 (小川祥平)


=2016/06/16付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ