被災地の学校(3)夜の職員室 自分に何ができる

西日本新聞

 小学校の先生は木曜日、忙しくなるという。授業が終わるや、来週の打ち合わせ会議、翌日配布する予定表や学級通信づくりに追われるからだ。

 熊本地震の前震があった4月14日も木曜日。午後9時26分。熊本県益城町の広安西小学校の職員室にはまだ10人ほどの教諭が残り、作業を続けていた。

 3年担任の高松美穂教諭(34)もその一人。「すごい音で、視界が揺れた」。一斉に机の下にもぐった。心配だったのは家にいる夫と子ども2人の安否。スマートフォンの電話はつながらなかったが、LINE(ライン)で無事が確認された。

 午後10時ごろから、避難住民が押し寄せた。体育館、校舎1階の教室、グラウンドは人と車で埋まった。高松教諭らは手分けをして、人や車の誘導、教室のラジカセや保健室の布団を体育館に運び込んだ。

 「ただ無我夢中で」。気が付くと、夜が明けていた。

   ◇   ◇

  特別支援学級を担任する川口久雄教諭(48)が学校に駆け付けたのはその朝6時。

 すぐに直面したのは水洗トイレの対応。断水に伴い、汚物があふれており、プールの水を運び、流した。午後からは同僚と児童の家々を回り、片付けを手伝ったりしながら無事を確認していった。

 続く本震から2日後の同18日。校内のトイレ前で母娘に出会った。障害がある30代の娘を母親が介助していて、「大ごつですね」と声を掛けた。

 その夜、テレビ中継の画面にあの母親が映った。「娘が心配で、食事配給の列に並べない。トイレにもなかなか行けない」。はっとさせられた。

 まず動いたのは「支援が必要な人の名簿づくり」。避難住民の中には、目が不自由な人や人工透析が欠かせない人もいた。だが、校内にいることは分かっていても、どこにいるのか? パソコンで調査用紙を作った。支援を求める人が一目で分かるよう、手分けしてクローバーを描いた紙マークを作り、首にかけてもらった。

 「障害って、人に伝えたり、説明したりするのが難しいから」。発達障害の子どもたちと日々、向き合ってきた経験を避難所運営に生かした。

   ◇   ◇

  井手文雄校長(58)も、こうした教諭たちの提案を臨機応変に生かした。体育館は避難所となり、グラウンドには今も、避難住民の車があり、半分しか使えない。体育授業でプール開きを5月末に前倒ししたのも、猛暑を逆手に取った、教諭からの提案が発端だった。

 ユニークな対応としては「大臣任命制」。全教職員を大臣に見立て、役割分担を決めた。

 司書教諭の資格も持つ高松教諭は「メリーポピンズ大臣」。外で遊べず、気分もめいる雨天時の避難住民や子どもたちの図書室活用が担務で、今は全国から届いた千冊超の絵本の整理に追われていた。

 川口教諭の小学1年の娘は地震後、夜を怖がり、熊本市内の自宅では眠れず、庭の車中に妻と交代で泊まり込む日々が続いているという。多くの教諭が、そんな家々の悩みも抱えながら、授業に取り組んでいる。

 取材で訪ねた6月2日も木曜日。同校では前日から、6時間授業が始まった。「子どもや被災者にとって何がプラスか。地域にとっての学校とは。自分に何ができるか…。先は見通せないが、私たち教師も試練の中で学びながら、歩んでいる」。井手校長は話す。

 夜の職員室では、その日も漢字ドリルの採点に追われる教諭もいれば、その脇で児童たちの委員会活動で「きょう、こんな提案があったの」とうれしそうに話す6年担任の姿も。あの時刻、高松教諭ら4人はその日も残り、作業を続けていた。

 問われる学校のチーム力

 被災地の学校支援にも関わる福岡教育大大学院・西山久子教授(学校心理学)の話 地震から2カ月が過ぎ、学校では児童生徒の個別の課題がぽつぽつ噴出してくるころだ。新学期早々の地震だっただけに、教員と子どもの関係も、まだ十分ではなかっただろう。担任ばかりでなく、異なる目を持った多くの教員が子どもと関わり、学校全体のチーム力で対処していくことが、早期発見のためにも有効なようだ。

 地震直後の「短距離走」のような緊急対応ではなく、これからは子どもや学校、地域の将来を見据えた息の長い「マラソン型」の対応が必要。問題解決を急がず、子どものペースに合わせた指導も大切だ。教員自身も被災者で、家々の悩みも抱えている。課題を抱えすぎ、燃え尽きないよう、温かい雰囲気の中での管理職や同僚の配慮や声掛け、環境づくりも求められている。

=2016/06/19付 西日本新聞朝刊(教育面)=

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