災害に学ぶ(2)環境防災科 舞子高校が目指す学び

西日本新聞

 全国初の防災専門学科「環境防災科」が2002年に開設された兵庫県立舞子高校(神戸市垂水区)。阪神大震災の教訓に学び、記憶を語り継ぐ狙いがある。この高校が目指す、防災への学びとは。初代学科長で、現在は同県立松陽高校(高砂市)に勤務する諏訪清二教諭(56)に聞いた。

 -防災教育と言えば、避難誘導訓練、地域の危険・安全場所を知る「防災マップ」づくりなどが目立つ。

 諏訪 それも必要な学習だが、防災教育の根本は「市民力を育む学び」だと思う。「自分の命を自分でどう守るか」ではなく「自分たちの命を自分たちでどう守るか」。

 多くの防災教育は、知識と技術の詰め込み型だ。知っている人が知らない人にノウハウを伝え、その総量を測る。だが、混乱の中では、しゃくし定規な対応では太刀打ちできない。

 被害が小さい人が、大きい人を支援する。助けられる側から助ける側へ。それぞれの知恵や強みを生かしながら、「人のつながり」で命や地域をどう守っていくか。そんなことを日頃から考え、いざというときに行動できる市民リーダーの育成がポイントだと思う。

   ◇   ◇

 -前例も、教科書もない中で、どう授業を作り上げていったのか。

 諏訪 私は英語教諭で、専門知識もゼロ。最初は「学校に呼びたい人は誰か」と考えた。関係者を講師に招き、あのとき体験したこと、考えたこと、伝えたいことを語ってもらった。生徒たちに現実をぶつけ、自分ならどうするか、「代理体験」することから始めた。

 地震があれば、机の下にもぐれと言う。だが、阪神大震災の死因で最も多かったのは「圧死」。東日本大震災でも、指定避難所は必ずしも安全ではなかった。臨機応変な地頭づくり、自分なりの言葉で人に伝えるプレゼンテーション力(表現力)が大切だ。だから授業では、紙に書いたことを棒読みするような、生徒の発表は許さなかった。

 -東日本大震災の被災地にも、高校生たちはバスで向かい、ボランティアに当たった。

 諏訪 床下の泥かき作業などに当たったが、かいてもかいても、終わらない。「頑張ろう」の大合唱への違和感を肌で抱いた。人が、人の前で死んでいく。そんな過酷な体験を泣きながら聞いた生徒は、被災者から「あなたたちには笑っていてほしい」と言われ、戸惑った。

 人間の賢さや愚かさ、自分の力のなさ、これから身に付けるべき力は何か…。価値の混乱の中に、防災の学びはある。それは、きれいごとでは伝わらない、道徳の学びと似ている。

   ◇   ◇

 -熊本地震からやがて3カ月。現地でいま、求められている防災教育とは。

 諏訪 被災地の子どもたちにとって、学校再開は友達や先生と会い、生きていることを実感し、つらさを話し合い、友達の存在を再確認する機会だ。熊本では余震も続き、親や教師も含め、不安が続いているだろう。

 つらい体験を呼び起こす防災教育と心のケアは切り離されがちだが、私は、子どもたちの安心感を高めるためにも、防災教育と心のケアをセットにした取り組みが有効だと思う。例えば、弁当を持って遠足のような形で、避難経路や手順を確認し、備えを学んでいく。そうした営みの中で、子どもたちは心を取り戻していくのではないか。急がず、ゆっくりとした取り組みが求められている。

 舞子高校の生徒が取り組む主な授業

 ◆消防学校体験入学 神戸市消防学校で、救出救助、患者搬送、放水、煙中活動訓練などを体験する。知識と技術の習得ばかりでなく、消防士たちはあの日、現場で何を考え、どう行動し、どんな思いを抱え続けているのかを考える。

 ◆長田区まち歩き 震災時、大火災に見舞われた長田区。商店街を歩き、震災体験や復旧、復興の歩みについて聞く。この地域には、なぜこんなにケミカルシューズの町工場や喫茶店が多いのか、今の再開発は人々にとって本当の復興なのか。まちづくりのアイデアをリポートにまとめる。

 ◆六甲山フィールドワーク 活断層の活動によってできた六甲山を歩き、地域の成り立ち、地震メカニズム、水害の歴史などを学ぶ。地学の視点から。

 ◆夢と防災 3年生を対象に、将来の夢と防災を関連づけた授業。自分が就きたい職業、進学したい学部・学科を考え、そのためにはどんな勉強が必要で、そこで防災の取り組みをどう広げたいか、リポートにまとめ、発表する。

 ◆小学校と交流授業 小学生と一緒に地域を歩き、「安全マップ」づくり。災害時の危険箇所や安全な場所、地域の魅力を再発見する。高校生が学んだ震災の教訓を、次世代に語り継ぐ機会にもなっている。

=2016/07/10付 西日本新聞朝刊教育面=

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