<森の声 風の音>(4)雇用 「わけもん」の思い育む

西日本新聞

 「古事記」「日本書紀」に描かれた神話の世界が伝わる宮崎県高千穂町。中心部から車で約30分。深い谷を橋でまたぎ、木立を抜けると、手入れされた棚田が広がる秋元集落が見えてくる。100人ほどが暮らす集落は、そこから先は舗装路が途切れる「行き止まりの村」。だが、日本の山村の原風景が残っている。

 地元出身の飯干淳志(いいほしあつし)(61)は町役場を54歳で早期退職。準備期間を経て2012年2月、実家で民宿運営などの会社「高千穂ムラたび」を始めた。町内外の若者ら8人が働いている。

 飯干は高度経済成長期が一段落しかけたころ、宮崎大で土木工学を学んだ。卒業後、同級生のほとんどはゼネコンなど中央に就職したが、古里の役場に入り道路整備や地域づくりに携わった。ただ、壁も感じた。

 「田舎にあった自給経済が、消費経済にのみ込まれていた。必要な現金を稼ぐために、皆、外に働きに出るようになっていた」

 地域で暮らし続けられる経済の仕組みはないか、と自費で研究した。国民1人当たりの国内総生産(GDP)が日本の約3倍という北欧を訪ね、ノルウェー漁業が乱獲をやめ、漁獲制限を設けて資源回復をしていることを知った。「日本の半分働いて所得は3倍。そんな仕組みは日本にない。つくらなければ、と思った」

 役場を辞めた飯干は、地元の観光協会や住民と地域活性化協議会を設立。国の補助金などを使って実現できそうな事業を試行錯誤した。町外からインターンシップ(就業体験)で来た学生の力を借り、自家消費用の野菜を直売する「一日秋元商店」を開店。すると目の前で作物が売れる喜びを知り、住民の目の色が変わった。2カ所の直売所ができ、休耕地が耕されだした。直売に関わる女性たちの中から地元産品を使う食堂も生まれた。

 だが飯干は、「それは現時点での活性化」と満足せず、「次の時代の村」のために若者が参加できる仕組みとして始めたのが「高千穂ムラたび」だ。

 諸塚山に降った雨は豊かな森や地層を通り、おいしい水として湧き出す、神話の里の棚田には秋、黄金色の米が実る…。食の安全、神秘性など、ここだけの魅力を生かそうと苦心し、甘酒や乳酸飲料を開発。製品化すると、健康食ブームに乗って首都圏の百貨店で人気を博した。今秋、製造設備を3倍にする。

 昨年秋、働きだした小池芙美(30)は北九州市出身だ。自然が好きで九大大学院で森林政策学を学び、「山村の情報発信に役立ちたい」と広告会社に入り“修業”した。そして、地域おこし協力隊として高千穂に移住。飯干と出会った。

 仕事の傍ら、知り合った地元の若者と「活性化論議だけでなく実働を」とNPO法人を創設。生産者と消費者をつなぐ雑誌「高千穂郷食べる通信」を準備中だ。毎号3500円で、雑誌と共に食材を届け地元の良さを伝える。創刊号には高千穂牛を付ける。

 「都会では、目上の人のレールに乗れば生きていける。ここでは『わけもん(若者)』と期待され、何かしたくなる。都会とは別の楽しさがあります」

 行き止まりの村の仕事が、若者の地域への思いを育んでいる。 (敬称略)

=2016/07/29付 西日本新聞朝刊=

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