<森の声 風の音>(5)交流 生き方変えた「気付き」

西日本新聞

 「私らはね、都会の人に気付かせてもらったんですよ。一見何もないこの山里の価値に」

 一日の農作業を終えた後藤福光(67)が、宮崎県五ケ瀬町の自宅で福岡からの宿泊客と焼酎を酌み交わす。全国的に有名な同町桑野内地区の農家民泊を先導した男が1996年から20年続く歩みを静かに語り始めた。

 福岡市などから初めて約80人の宿泊者を迎えた時、桑野内の住民は「福岡んことは何も知らんから話が合わん」「山の食い物はあるが、ごちそうがない」と及び腰だった。ところが…。

 ある家では、じいちゃんが語る夜神楽や農業の話に宿泊者が目を輝かせ、別の家では「漬物がおいしい」と客に絶賛されたばあちゃんが座の主役だった。

 「都会の人は、なんでこげな山ん中に来て喜ばすとやろか」

 「道端のツクシやゼンマイもこげん新鮮なのは東京の料亭で高い金払っても食えんらしい」

 福光は「この気付きが住民の意識を変え、都市住民と対等に向き合う地域づくりの力になった」と振り返る。年1度の交流ツアーは進化し、2006年に9戸の農家が旅館業法に基づく通年の営業許可を取得。以来、人口約650人の桑野内に国内外から約6500人が訪れた。

 「お客さんから結婚式に招待されたこともある。私らも都会の人に癒やされているんです」

 福光の妻フヂ子(70)が食卓に特大のいなりずしを出した。夢中で頬張る宿泊客を楽しげに眺めながら福光が言う。

 「経済の物差しで測れば桑野内は過疎集落。でもそれとは違う『豊かさの物差し』がある。これに気付けば地域の不便さ、道の悪さも全て宝物に変わる」

    ◇    ◇

 天照らす郷(さと)に稲穂がゆれるよ ここ高千穂の郷に光が射(さ)すよ

 宮崎県高千穂町での日常風景を平井邦幸(36)が歌う。07年、長女誕生を機に千葉市から移住した妻の郷里。学生バンドで鳴らした平井は今、衛生公社で働きながら、地元の催しなどで自作の「村唄(うた)」を披露する。

 こん村の祭りは自分らでやるんだと本組(もとぐみ)神楽保存会を立ち上げた人 荒れた山畑に刈った草や竹敷き詰めて野焼きをする尾谷の人…(「高千穂人」)

 この地で出会った人々が、それぞれの集落のために汗を流す姿への敬意、憧れを込めて。

 歌えなくなった時期がある。東日本大震災から1年たったころだ。岩手県内陸部・紫波(しわ)町出身の平井は震災義援金を募るライブ活動を重ねたが「音楽で人を救おうという勝手な使命感に酔い、家族も顧みず無理をして心身ともに疲れた」という。

 元々、深い考えがあった移住ではない。自分は高千穂で何をすべきなのか。自問する平井を救ったのは、心配してくれた家族とこの地の仲間たちだった。

 「当たり前の暮らしの中に宝物があるんだな」。地に足をつけて、何より家族を大切に、ここで生きていこうと決意した。

 今年4月、自主製作の新アルバムが完成。当時の思いが詰まった曲「高千穂」を収める。

 これからの僕のふるさと(中略)僕の高千穂

 新アルバムに平井はこう記した。「輝く美しい絆がここに在(あ)る」

(敬称略)

=おわり

=2016/07/30付 西日本新聞朝刊=

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