【脊梁の山里発】高千穂町に移住し独り立ち 花き・野菜栽培 濱山 幸波さん(25)

西日本新聞

 人と環境に恵まれている…。2014年春に単身移り住んだ宮崎県高千穂町の中川登(なかかわのぼり)地区で身に染みてそう感じています。「農業がしたい」と突然現れた当時22歳の女性に対し、地元の方が築約50年の空き家をわずか10万円で譲ってくれました。まだ約3万キロしか走っていなかった中古の軽トラックもご近所さんからの頂き物です。お礼に差し上げたのは焼酎の一升瓶2本だけ。周囲の思いやりに支えられ、約1年半の農業研修を経て昨年秋に独立しました。約3反の農地を借りて、夏場はキュウリ、冬場は農業用ハウスでラナンキュラスを栽培しています。

 【実家は宮崎市の理髪店。「家から近くて制服がかわいい」という理由で進学した宮崎農業高で農業の魅力に目覚める。】

 2年生の時、校内に自分専用の畑を借りてサツマイモや大根を育てました。小さな種から作物ができる不思議さに、はまったんです。夏休みに独りで畑の雑草を抜きながら「このきつさになら(仕事として)耐えられる」と思い、卒業後は宮崎県立農業大学校に進みました。

 【学生時代に理想としたのは農家個々の規模は小さくても、地域が生産や加工で協力し合う団結力のある農業だった。】

 中川登地区は大型農業機械の共同購入など集落営農が盛んで私が移住する1年前には「農事組合法人高千穂かわのぼり」が発足。耕作放棄地の解消や地域おこしに本腰を入れたんです。私は大学校卒業後、自分が思い描く農業とは逆の世界を学びたくて県内の大規模農園で働いていましたが、中川登なら農地や機械を法人から借りることができ、理想の農業に挑戦できると思い、移住を決意しました。

 【独立後、初めて挑んだラナンキュラス栽培。今年2月、町の冬期花き展示品評会で最優秀の高千穂町長賞を受賞した。】

 多くの方の指導の下、試行錯誤の末に咲いた花なので、とてもうれしかった。周囲への感謝を日々忘れず、もっと良い花を作っていけるよう頑張りたい。

 この町で同世代の仲間もできました。パン屋さん、おむすび屋さんなどの女性5人で集まり「何か楽しいことをやろう」と話し合っています。地域おこしなどと難しいことは考えずに。5月には私のビニールハウスで音楽ライブを開いたんですよ。

 【田舎で夢を追う「農ガール」として注目を浴び、テレビ取材や講演の依頼も多い。】

 忙しくても、取材や講演はできる限り引き受けています。一人でも多くの若者に「農業はきついだけじゃない」と分かってもらい、私と同じ夢を持ってほしいから。中川登地区で私の次に若い農家は50代。後継者不足は深刻です。第二、第三の若者が私の後に続いてくれるよう、笑顔で頑張り続けたい。私にできる地域への恩返しはそれくらいですもん。

 =おわり

=2016/08/05付 西日本新聞朝刊=

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