民謡編<303>子守唄(10)

西日本新聞

 熊本県天草市の福連木(ふくれぎ)小学校の校門そばに、福連木の子守唄(うた)の歌詞の一節を刻んだモニュメントがある。

 〈おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先きゃ おらん おってもぼんべこも きしゃされず〉

 校舎には子どもたちの声はない。2013年、138年の歴史に幕を閉じた。閉校時の記念誌には子守唄の歌詞が39番まで収録されている。

 「もっともっとたくさん、あったと思います」

 福連木の子守唄保存会の瀧本節代(54)は言った。保存会のメンバーは現在、3人だ。歌と踊りを分担していて、歌は瀧本一人になってしまった。

 現在、イベントなどで披露するのは6番までで、小学校の碑の歌詞は3番だ。瀧本の哀愁を帯びたゆったりした歌に耳を傾けた。

 〈ねんねこばっちこゆうて ねらん子はたたけたちゃて ねらん子は尻ねずめ〉(あやし寝かしつけても、寝ない子はたたいて。たたいて寝ない子はお尻をつねりさい)

 〈おどんが死んだ時ゃ だあが泣いてくるきゃ 山のカラスと親様と〉(私が死んだらだれが泣いてくれるだろう。山のカラスと親だけか)

 〈花はもろても しばん葉はいらぬ 椿(つばき)つつじの花たてろ〉(私の墓には花を生けてもらおう、柴は立てないでください。ツバキやツツジなど美しいきれいな花を生けてください)

 子守奉公の女性のつらさや明日への不安などやるせない心情が歌い込まれている。

   ×    ×

 瀧本は34年前、20歳のときに近くの村から福連木に嫁いできた。「子守唄が伝承されていることは知りませんでした」

 数年後、子守唄の踊り手から「私に代わって出てください」と言われた。子守唄の伝承地で作る全国7市村の子守唄サミットへの出演だった。見よう見まね。必死に練習した。踊り手であったが、歌も自然と覚え、途中から高齢で退いた先輩のバトンを受け、歌を担当することになった。

 「歌うことは好きでしたが、なかなか難しい節回しでした。歌い込む度に、貧しかった時代のことが胸に迫ってくることもありました」

 参加自治体の持ち回りの子守唄サミット。28回目の今年は11月に地元の福連木で開かれる。ただ、サミット活動は今回限りで休止することになっている。

 「できるだけ子守唄を伝えていきたい思いですが、後継者がいないのが悩みです」

 瀧本は過疎化の波に洗われる福連木で、江戸末期から歌い継がれてきた子守唄を守っている。
 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2016/09/05付 西日本新聞夕刊=

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