民謡編<306>子守唄(13)

西日本新聞

 長崎県の島原鉄道の島原駅前には子守娘が赤子をおんぶした「島原の子守唄(うた)」のブロンズ像が立ち、子守唄の里であることを静かに告げている。

 夜の8時になれば防災無線からミュージックサイレンとしてこの子守唄のメロディーが島原市内に流れる。島原の子守唄は今も生活の中に生きている。「まぼろしの邪馬台国」などの著作で知られる盲目の作家、宮崎康平(1917-80年)の手による子守唄だ。

 〈おどみゃ 島原の おどみゃ 島原の ナシの木育ちよ なんのナシやら なんのナシやら 色気ナシばよ ショウカイナ はよ寝ろ 泣かんで オロロンバイ 鬼の池ん久助どんの連れん来らるばい〉

 泣く子を眠らせようとする寝させ唄の類である。寝させ唄には、眠ったらイモをあげるといったほうび唄と、おどし唄がある。おどしの材料は様々(さまざま)だが、島原の子守唄は〈鬼の池ん久助どんの連れん来らるばい〉である。泣きやまないと久助どんが連れに来る、というおどしだ。

   ×    ×

 〈鬼の池〉は島原半島南端の口之津の対岸にある熊本・天草の地名だ。久助どんは娘たちをからゆきさんとして斡旋(あっせん)する女衒(ぜげん)の名前である。久助どんが実在した男の名前かどうかは定かでない。

 〈姉しゃん どけ行たろかい 姉ちゃん どけ行やろかい 青煙突のバッタンフール 唐(から)はどこん在所(ねけ) 唐はどこん在所 海の涯…〉という歌詞もある。

 〈バッタンフール〉は香港の「バターフィル・カンパニー」のことで、外国向けの貨物船の総称だ。〈久助どん〉などの女衒によって島原、天草から集められた娘たちは〈バッタンフール〉に積み込まれ、異国に運ばれた。

 晩年の宮崎と親交のあった島原城資料館専門員の松尾卓次(81)は「宮崎さんの本質は才能豊かな詩人であり、それは島原の子守唄によく表れています」と語る。

 歌詞はからゆきさんの悲史、哀史を底に描き込んでいる。子守唄の持つ哀愁のメロディーと歌詞が共鳴することでこの歌を印象深い、陰影の濃いものにしている。

 「歌ができた最初のころ、地元ではその歌詞の内容もあってあまり歓迎されなかった」

 映画化された「まぼろしの邪馬台国」で吉永小百合が演じた夫人の和子(87)はこのように話した。 (この項続く)

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2016/10/03付 西日本新聞夕刊=

PR

連載 アクセスランキング

PR

注目のテーマ