<47>BS工場支える豚骨 東京に 九州ラーメン いし(東京都小平市)

西日本新聞

石橋和明さんは「昔は硬麺にすると『煮えてない』って言われましたよ」と振り返る 拡大

石橋和明さんは「昔は硬麺にすると『煮えてない』って言われましたよ」と振り返る

東京都小平市小川西町3の18の10。ラーメン600円、高菜チャーハン650円。午前11時~午後2時、同5時~同11時。不定休。042(344)8465。

 東京都小平市に、福岡県久留米市発祥のタイヤメーカー、ブリヂストン(BS)の東京工場がある。1960年、久留米工場に次ぐ同社2番目のタイヤ工場として操業を開始し、日本のモータリゼーションを支えてきた。訪れてみると、その発展の陰には久留米の人、そしてラーメンの存在があった。

 西武鉄道の小川駅で降り、5分ほど歩くと豚骨のにおいが漂ってきた。店はその名も「九州ラーメン いし」。久留米市出身の店主、石橋和明さん(68)は「久留米から来た人たちがラーメンを食べたがってるって聞いてね。それで脱サラしたんよ」と開業のきっかけを話す。

 BSによると東京工場の稼働に合わせ、約800人の従業員が久留米工場から移ってきた。それから10年ほどがたった頃、大学を卒業した石橋さんは久留米市から上京。食品メーカーに就職してすぐ、BS生協で働いていた高校の後輩から相談された。「従業員が豚骨ラーメンを食べたがっている。店をしませんか」

 石橋さんの妻、栄子さん(故人)の実家は久留米市の老舗ラーメン店。石橋さんが学生時代の4年間、その店でバイトをしていたというのが声をかけられた理由だった。「商売にも興味があったから」と東京工場のすぐ近くで店を開いた。73年のことだ。

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 においに誘われるままラーメンを注文した。見た目はワイルドだが意外にあっさり。それでいて豚骨のうま味もしっかり感じられる。「久留米の作り方そのままだからね」 懐かしい故郷の味は、上京してきた人たちの胃袋をつかんだ。「最低でも1日300杯。創業直後から売れた」。客の8割がBS従業員。店内では筑後弁が飛び交った。ほどなくして商業施設「ブリヂストンマーケット」に場所を移した。そこでも「夜はどんちゃん騒ぎ。他店から苦情も来てましたよ」と懐かしむ。

 一方、豚骨のにおいに関東の人は面食らったようだ。「最初はくさすぎて一口も食べられなかった」。隣でラーメンをすすっていたBS従業員の男性(64)は笑った。男性は千葉県出身。久留米からきた先輩に連れられ、出合った一杯は衝撃的だった。とりこになり、40年以上通い続けている。

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 自動車タイヤの生産は別工場に移り、小平地区は研究開発拠点にシフトしつつある。いしも、10年前のブリヂストンマーケット閉店を機に、工場から少し離れた場所に移転した。「来てくれるお客さんがいるからね。東京五輪までは続けますよ」。時代も街も移ろう。しかし、石橋さんは変わらぬ一杯を今日も作る。 (小川祥平)


=2016/10/06付 西日本新聞朝刊=

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