<48>「記憶に残る」をモットーに 一蘭(福岡市博多区)

西日本新聞

「味集中カウンター」を前にする吉冨学社長。19日にはニューヨーク店がオープン。今後、台湾への進出も計画している 拡大

「味集中カウンター」を前にする吉冨学社長。19日にはニューヨーク店がオープン。今後、台湾への進出も計画している

福岡市博多区中洲5の3の2(本社総本店)。天然とんこつラーメン(創業以来)790円。替え玉190円。24時間営業。年中無休。092(262)0433。

 私が高校生の頃だから20年以上前の話。福岡市南区那の川に1軒のラーメン店が開店した。麺の硬さなどを告げると好みに応じた色違いの札が渡される。金属の皿を電極の上に置きチャルメラ音を鳴らすのが替え玉の合図だ。ユニークなシステムで味もうまかった。

 「『いらっしゃい!』って、やけに元気のいい男がいたでしょう。それが私ですよ」。そう話すのは同市博多区に本社を置く「一蘭」の吉冨学社長(51)。スーツに身を包み、いかにも経営者というたたずまいだが、1993年に1号店として那の川店をオープンした頃は店頭で声を張り上げていた。今や国内外に62店を展開するラーメンチェーンの経営者にその道のりを振り返ってもらった。

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 北九州出身。大学1年の頃に父親が病で倒れて生活が一変した。学費を稼ぐために大学近くの食堂でバイトを始めた。「店主がギャンブル好きで店を空けるから、ラーメンの仕込みも任されるようになったんです」。それがラーメンとの出合いだった。

 翌年亡くなった父親の最後の言葉は「おまえは商売人に向いている。商売をやれ」。それを信じて在学中に人材派遣会社を興した。「最初はだめで弁当がごちそう。数年でちょっと良くなり、たまの外食でラーメンを食べに行くようになった」。その店こそが福岡県小郡市にあった60年創業の老舗「一蘭」だった。

 月に1、2回通う生活が続いていたある日、一蘭の老夫婦から声をかけられた。「屋号を引き継いでもらえないか」。吉冨さんによると、通い続けても態度が変わらなかったのが理由らしい。事業も上向きだったので迷った。それでも「派遣は下請け。ラーメンなら、独自性があれば世界に行ける」と新たなスタートを決意した。

 食堂で培った経験と一蘭での1年の修業で味を完成させ、那の川店をオープン。その後も、隣席との仕切りを設けた「味集中カウンター」、だしやあぶらの量など好みの味を作れる記入式「オーダー用紙」を導入するなどさまざまなアイデアを実行し、人気を集めていった。

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 久しぶりに那の川店ののれんをくぐった。麺の硬さ、味の濃さは普通。独特の唐辛子調味料「秘伝のたれ」は普通の2倍量にした。一杯のラーメンの味が幾通りにも変化するのも魅力なのかもしれない。

 最後は替え玉を注文。するとチャルメラ音が響き渡る。高校時代を思い出すかのようだった。「商売は人々の記憶にいかに印象を残せるかが大事なんです」。吉冨さんの言葉がよみがえってきた。 (小川祥平)

=2016/10/20付 西日本新聞朝刊=

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