相模原殺傷事件どう見る 医療と司法の連携必要 堀川公平院長 優生思想の背景直視を 小賀久教授

西日本新聞

 相模原市の障害者施設殺傷事件で逮捕された男は「措置入院」の5カ月後、犯行に及んだとされる。事件を検証している厚生労働省の有識者チームは、措置入院した全患者を対象に退院後の支援の在り方を検討しているが、一方で男は動機について「障害者は生きていてもしょうがない」と供述しているとされ、問題はもっと根深いとの指摘もある。識者に聞いた。

 ●医療と司法の連携必要 久留米市・のぞえ総合心療病院 堀川公平院長(65)

 措置入院や退院後のサポートに問題があったとされているが、果たして精神科医療によって防ぎ得た事件だったのか、私は疑問だ。

 「障害者を抹殺する」との衆院議長宛ての手紙などから、男は「自傷他害の恐れがある」と相模原市に判断され、措置入院になった。「大麻精神病」などと診断されたが、大麻に依存性はなく、症状が消えれば措置解除しなければならない。5カ月先の犯罪までは誰も予測できない。治療で男の優生思想を改めさせることも不可能だ。

 そもそも措置入院自体が問題だらけだ。報道によると、各都道府県における措置入院件数を人口割すると14倍の開きがあった。人権擁護の観点から措置入院はなるべくさせないという考えもあるだろうが、措置入院費用は公費で賄うため、財政事情から避けている自治体も少なくない。

 私の病院は措置入院患者を常時受け入れている。ただし、こんなケースがあった。線路に自ら飛び込み、運転士の急ブレーキで助かった患者がいた。列車への投身自殺は「自傷他害」の最たるものと考えるが、自治体は措置入院とせず、入院費が自己負担となる「医療保護入院」で家族の同意を取り付けた。これだと治療態勢や行政サポートが弱く、「なぜ入院させたのか」と患者から家族が恨まれる心配もあった。

 退院患者を支援する体制も地域間格差が大きい。措置入院の判断や退院後の生活を支援する保健所の業務は多忙化しており、都市部では保健師による訪問指導がほとんど機能していない。それを補完する訪問看護や生活支援など在宅支援に熱心な医療機関があればいいが、欧米に比べていまだ長期収容型病院が多いのが日本の精神科の現実だ。そんな状況を放置したまま、再発防止策を実行しても限界がある。

 措置入院はあくまで患者の治療と保護が目的で、社会の治安を守るためではない。医療に犯罪防止機能を求めるのは間違っている。

 措置入院後、症状が改善したら再び警察や裁判所が関与できる枠組みをつくることを提案したい。現行制度では、措置解除後は社会復帰の道をたどる。だが実際は、反社会的性格で「今は自傷他害の恐れはないが、退院させても大丈夫だろうか」と解除にちゅうちょする患者はいる。そうしたごく一部の人を、もちろん人権に最大限配慮しながらだが、入院前の触法行為について再び刑事手続きに委ねる-。今後はそんな議論も必要ではないか。

 ●優生思想の背景直視を 北九州市立大(障害者福祉論) 小賀久教授(58)

 男は障害者を虐殺したナチス・ドイツの「T4作戦」など特異な優生思想にかぶれて事件を起こしたと報道された。だがそれだけだろうか。優生思想に基づく断種や堕胎は、世界ではヒトラー以前にもあり、日本でもつい最近まで合法化されていた。

 もとは19世紀半ばにダーウィンが唱えた「進化論」を人間に転用し、優生学という学問の形態で広まった。政策として採り入れたのが米国。1907年以降、全ての州で断種法を制定、30年代には欧州に広がった。日本では48年制定の優生保護法が「不良な子孫の出生防止」を目的にしており、障害者などに断種や堕胎を強制し、96年の母体保護法制定まで続いた。

 そして今なお、経済的生産性だけで人間の優劣を判断し、障害者や重病者を「不要な存在」と決めつける人たちは後を絶たない。

 99年、当時の東京都知事が障害者施設を訪れ「ああいう人ってのは人格あるのかね」と発言。この10年でも、愛知県知事が障害者を「弱い遺伝子、悪い遺伝子」と表現し、特別支援学校を視察した茨城県教育委員が「妊娠初期に(障害が)分かるようにできないか。4カ月以降になるとおろせない」と話した。

 いずれも不見識で差別的な発言だが、ネット上では同調する声もある。出生前診断で、ダウン症など胎児の染色体異常を指摘された妊婦の9割が中絶を選ぶのは、障害者が生きにくい社会だからだ。男はそんな世の中の空気を感じながら育ったのではないか。

 さらに目を背けてはならないのが、施設に勤めるうちに優生思想を増幅させたという現実だ。以前、高齢者施設をやめた職員に理由を尋ねたことがある。「おむつ替えに追われ、入所者の罵声を浴びて…。そんな毎日が続くと『自分が大変なのはこの人たちのせいだ』と憎らしくなることがあった」と話した。日本の福祉施設での労働は低賃金で過酷だ。大切にされている実感のない職員が、入所者を大切に思えるだろうか。

 男の精神症状や大麻使用が、事件にどう影響したかは今後明らかになるのだろう。ただこの事件は、日本が障害者をどう位置付けてきたか、ということを抜きにしては語れない。

 私は障害者は社会の試金石だと思っている。障害者を大切にする社会は、全ての人を大切にする社会だ。障害者を切り捨てる社会は、全ての人を富や能力の大小で選別し、切り捨てる社会だ。事件を機にあらためて肝に銘じたい。


=2016/11/19付 西日本新聞朝刊=

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