真心で接客 聴力カバー 【第12部】障害者 個性生かして<5>

西日本新聞

 東京都葛飾区の女性(35)は、大学生の頃に両耳が聞こえづらくなった。病院で検査し、内耳に生じた障害から音を感じる能力が落ちる「感音性難聴」と診断された。

 卒業後に就職した会社では、電話営業を行う部署に配属された。相手の口の動きが見える対面での会話はできるが、電話は相手の言葉が聞き取れない。成績は伸びず、会社に居づらくなって3カ月で退職した。再就職しようにも、面接で電話応対ができないと告げると断られた。

 そんなとき、「笑顔がいい」と採用されたのが衣料品店「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングだった。入社後は聴力がさらに落ち、客対応で怒らせてしまうこともあった。悩んで退職を申し出ると、上司は「聞こえないから辞めるのは納得できない。どうしたら仕事をしやすくなるか考えよう」と言ってくれた。

 「耳が不自由です。はっきり口元を見せて話してください。手話わかります」と書いたバッジを胸に着けた。周囲のスタッフも目を配り、支えてくれる。再就職から13年。今では、手話ができる人がいるから、と来店する客もいる。この女性は「好きな接客の仕事が続けられるのは、周囲の人たちのおかげ」と力を込める。

 同社は2001年、「1店舗1名以上」の障害者雇用を目標に掲げ、今では全国で約1250人の障害者が働く。雇用率は5・87%(昨年6月時点)で、法定の2%を大きく上回る。人事部の山崎桜さんは「社会には多様な人がいる。職場でも、多様な人が共に働くのは当たり前のこと」と話す。

 「聴覚障害者は、会話によるコミュニケーションが取りづらい」「接客業は難しい」-。そうした世の中の先入観が「障害」となり、聴覚障害者たちの可能性を狭めてきたのではないだろうか。

 女性のように、職場や本人が工夫を凝らすことで、生き生きと働ける聴覚障害者たちが増えている。スープカフェ「サイン・ウィズ・ミー」(東京)もその一つ。店内は手話が「公用語」で、スタッフ12人は聴覚障害者が中心だ。

 「いらっしゃいませ」の代わりに、スタッフが身ぶりを交えて笑顔で迎える。目配りできるよう、調理場から客席全体が見渡せる造りだ。注文はメニューの指さしや筆談で行う。客の9割は障害のない人たちで、常連客の女性(22)は「言葉はなくても丁寧な接客が伝わる。落ち着いた雰囲気でリラックスできる」と気に入っている。

 男性オーナー(42)はろう者で、障害者の就労支援に携わった経験がある。職場での何げない会話や議論に参加できず、情報共有ができないことで孤立し、能力を発揮できないまま離職していく聴覚障害者を数多く見てきた。こうした現実を変え、当事者のロールモデルを発信しようと、11年に開業した。「周囲から『聴覚障害者に接客は無理』と言われたが、日本語がうまく通じないインド料理店も繁盛している。味はバリアー(障害)をしのぐと思った」

 スタッフ同士の意思疎通は全て手話。店長の女性(39)は「情報が見え、共有できるので働きやすい。聞こえない分、目を配ってお客さまに接している」と話す。4月には都内に2号店を開店した。オーナーは「目指すのは、誰もが『ありがとう』といってもらえる社会。店をたくさんの人に知ってもらい、一歩ずつ社会を変えていきたい」と意気込む。 


=2016/06/04付 西日本新聞朝刊=

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