<51>母とともに守る亡き父の味 一九ラーメン 老司店(福岡市南区)

西日本新聞

3人の子どもの父でもある岩井満則さんは「子どもが『継ぐ』と言ったら教えるつもり。父もそうでしたから」と語る 拡大

3人の子どもの父でもある岩井満則さんは「子どもが『継ぐ』と言ったら教えるつもり。父もそうでしたから」と語る

福岡市南区老司1の33の13。ラーメン450円。ワンタンメン600円。午前11時~午後9時(水曜日は同3時まで)。年中無休。092(565)0193。

 福岡市近郊を車で走っていると「一九ラーメン」と書かれた看板を各所で見かける。市内を中心に7店舗が点在し、全て親戚関係で経営しているという。同市南区にある老司店は、その源流の一つ。2代目、岩井満則さん(53)が、亡き父の味と遺志を受け継いでいる。

 ある休日。昼すぎにもかかわらず、駐車場は車であふれていた。カウンターは一人客、テーブルは家族連れで満席。厨房(ちゅうぼう)の岩井さんは麺上げに追われていた。ようやく席に座ることができ、ラーメンを注文。岩井さんの母、孝子さん(72)から一杯を受け取った。丼を持ち上げ一口すすると甘みのある豚骨のだしが染みわたる。「昔ながら」でありながら、地味すぎるわけではない、絶妙な味わいだ。シャキシャキのネギ、硬めの麺との相性も良く、一気に完食した。

 一段落して一九の歴史を聞く。西鉄大橋駅(同市南区)近くで今も店を構えるのが本店。1964年に岩井さんの父、満さんのいとこが創業し、すぐに満さんの兄、豊さんが継いだ。「近くにラーメン店もなくてすぐに売れた。すると人手が足りなくなってね」と孝子さん。満さんと2人で店を手伝うようになったのがラーメン人生の始まりだという。

 当時、農家だった2人。店の繁盛ぶりに心動かされたのだろう。65年にのれん分けをしてもらい老司店を出した。農業との兼業。カウンターのみの小さな店だった。

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 「卒業したら帰ってきてくれんか。お父さんが入院した」。大学3年の終わり頃、岩井さんは、孝子さんから電話でそう告げられた。店は既に地元で親しまれる人気店。手狭だった店舗も今の場所に移転し、農業もやめていた。

 一方、岩井さんは東京の大学で物理学を専攻する学生。将来は企業に就職するつもりでいた。「母1人になるし、高校生の弟もいたから」。母親の願いを受け止めた。

 入退院をくり返しながらも厨房に立った満さんの横で働いた。五右衛門釜で豚骨のみを炊く父の味を習った。ただ、その師弟関係は4年で終わる。満さんは肝不全で亡くなった。48歳だった。

 継いだのは味だけではない。2代目として5年ほど経験を積んだ後、多店舗化に乗り出した。「父が『やってみたい』と言っていた」からだ。最初は佐賀県鳥栖市に姉妹店(現在は閉店)をオープン。今は「18ラーメン」の屋号で、福岡県内に4店舗(福岡、飯塚、春日の各市と須恵町)を構える。「味は落とさない」のが信念。全ての店に老司店のスープを持ち込んでいる。

 地域随一の人気店。継いで以来、正月以外はほぼ休みなしで働いてきた。岩井さんは「母の支えがなかったら続いてません」。孝子さんは「息子に感謝してる」とはにかんだ。 (小川祥平)


=2016/12/15付 西日本新聞朝刊=

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