語る・新 青春の門 五木寛之さん<1>連載再開に当たり 読者、書き手、媒体が交錯

西日本新聞

 伊吹信介が帰ってきた-。雑誌「週刊現代」で1969年、第1部「筑豊篇」の連載が始まった大河小説「青春の門」。五木寛之さんは23年ぶりの新章となる「新 青春の門」の連載を同誌でスタートさせた。構想では、自分探しの旅を続けてきた29歳の信介が筑豊に戻り、自らの青春を閉じるという。五木さんに筑豊や古里、青春などへの思いを語ってもらった。

 連載再開に、こんなに大きな反響があるとは夢にも思いませんでした。たぶん、10年ぐらいで再開してもこんなにならなかったと思います。死んだ人が生き返った、ミイラが出てきたっていう感じで、シーラカンスが出てきたっていう感じだったのでしょうか(笑)。とにかくもう、毎日毎日インタビューと取材が続いてビックリしました。こっちが驚いてしまいました。

 これまで「いつ始まるか」っていう感じでいました。ただ、そういう機会が来るかどうかは、風の吹き回しです。一にも二にも、本人が体力気力っていうか、やる気があるかどうか。やる気があっても読者が読む気があるか。これが一番大きいですよね。僕らも読者のために書いています。滅私奉公というか、そういう感じでずっと仕事してきましたから。期待されてないものを書いてもしょうがないんです。

 地方も北海道から九州まで毎月毎月歩き回っていますが、行くと必ず言われることが二つあって、一つは「ラジオ深夜便、聞いています」。その次にくるのは、「で、青春の門はいつから始まるんですか」です。これが20何年間ずっと途切れることなく続いているんです。声なき声というか、見えないところでそういう風に待ってくれている人がいるんだな、ということが手応えとして身近に分かるんです。本当にそういう生の声を聞き続けてきましたから、それはどこかでこたえなければと思っていました。

 もう一つは出版界の状況。出版社がそれをやるかやらないか。媒体になる雑誌がそれを連載することを喜んで受けてくれるかどうかです。この三つの問題、「読者」と「書き手」と「媒体」の三つがうまく合流することはめったにないんですよ。それがくしくも23年たって、そういうものがふっと交錯したっていうのは奇跡に近いと思いますね。三つ全部そろって今度スタートできることになって、「これは本当にこんなことあり得ないくらい珍しいことじゃないか」っていう風に思いました。ですから最初はすごく心配していたんです。今の週刊誌の読者が果たして(青春の門を)覚えてくれているだろうかということとか、読む気があるのかなということとか。

 週刊現代の方にそういうことをたずねましたら「五木さんのこの小説を高校時代に読んだ人たちが今団塊の世代で、650万人という、そういう読者層になっています。もうぴったりです」という風に励まされて。確かにそうなんですよ。作家の読者っていうのは、作家より10から15ぐらい歳が下なんですから。で、僕らが学生のころは、第一次戦後派っていうか、野間宏とか、椎名麟三とか、大岡昇平とか、全部僕の10か15ぐらい上の人のを愛読していたわけです。

 青春の門を高校時代に読んでいた人たちが、つまり団塊の世代が60歳から65、70歳というふうに雪崩を打って増えてきて、その人たちが結局読者になっていくという。それも一つの作品と一緒に読者も年を取っていったというか。

 だから本当に僕はこんなことってめったにないだろうなと思うんですよね。これはもう、そういう風が吹いてきたとしか言いようがないんです。


=2017/01/25付 西日本新聞朝刊=

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