語る・新 青春の門 五木寛之さん<4完>青春の意味 放浪し、どこに向かうのか

西日本新聞

 「青春の門」のスタート時、「青春」という言葉をあえて使ったのはいわば反語的な意味がありました。青春というのは甘っちょろい通俗的な言葉として、ジャーナリズムや文芸の世界で見られていました。青春歌手とか青春歌謡とか、手あかの付いた月並みな言葉としてです。

 僕の最初の志っていうのは、手あかのついた月並みなそういう表現やそういう言葉を用いて、自分の物語をつくっていこうと思った。そういう意図で、ある種のアバンギャルド(前衛的)というか、そういう発想があったんです。いかにも文学的とか、高級な言葉を使ってやるっていうようなのはなし、でした。

 例えば民芸品があるじゃないですか。民芸品は使い込まれて、手あかが付くどころか、すり減ってしまっているようなものに値打ちがあるわけです。うんと愛用されるからこそ、そういうふうに手擦れがしてしまう。そういう日用品的な感覚の中で、みんなが「恥ずかしい」と思うような言葉が当時何かといったら「青春」じゃないかなと思って、タイトルにしたのです。

 青春は本来、四つの言葉の対句の一つ。「青春」「朱夏」「白秋」「玄冬」の四つが対句になって存在し、初めて青春という言葉が意味を持ちます。青春の向こう側には白秋がかすんで見え、その後ろには玄冬が控えているという、そういう立体的な「3D」か「4D」のイメージで見なきゃだめなんですよ。そういう青春という言葉を、四つの世界の一番手前の段階として受け止めて、言葉の持っている卑俗な感じ、浅薄な感じを逆手に取ってやっていこうというのが最初の発想なんです。

 今は全く、大河小説が顧みられない時代です。だからこそ、あえて再開しようと。昔の怪獣みたいな、シーラカンスみたいなそういうもの。そういう物語が今全くないですから。僕は基本的にひねくれた所から出発しているんです。「反」というのをすごく大事にしているんです。こういう大河小説っていうのは反現代的。ある意味では。

 10年昔だったら古く感じるけども25年たってしまうと「時代小説」になるかもしれない。「新 青春の門」は1961年から始まりますが、61年っていうのはガガーリンが世界初の有人宇宙飛行をして、世界中が大騒ぎだった時代でした。そういう時代も客観的に見ることができる。今だから、時代小説として読んでもらえればいい。そういう感じはありますね。

 青春期というのは放浪の時期。何をやりたいのか、自分がどういう人間なのかっていうのを必死で探して、あっちこっちうろつき回る時期なんです。結局、どういう風に社会の中で生きていくっていうのが次の課題です。信介も考えるんじゃないでしょうか。もう一度筑豊で生きていくのか、この土地が自分にとって何なのか、ということを。

 (青春の門が)終わるところはだいたい決まっています。29歳で主人公が筑豊に戻ってくる。かつてぼた山があった、今はもう緑の丘になっている山から街を見下ろしながら、どういう風に生きていくか、青春が終わった後にどういう季節が来るか、ということを一人で考えるというところで終わろうと。

 =おわり


=2017/01/28付 西日本新聞朝刊=

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