<53>白河の味で豚骨の街に挑戦 とら食堂 福岡分店(福岡市中央区)

西日本新聞

竹井和之さんは「小学生の時におやじのラーメンを食べて『この世の中で一番うまい』と感動しました」と振り返る 拡大

竹井和之さんは「小学生の時におやじのラーメンを食べて『この世の中で一番うまい』と感動しました」と振り返る

福岡市中央区六本松4の9の10。「手打中華そば」730円。ご飯(白河産コシヒカリ)150円。火~土曜日は午前11時半~午後3時、同5時半~同9時。日祝日は午前11時~午後3時、同5時~同9時。売り切れ次第終了。定休日は月曜日。092(707)1015。

 淡麗スープに手打ち麺で知られる福島の白河ラーメン。
その元祖的存在である「とら食堂」の福岡分店が昨年末、福岡市中央区にオープンした。破天荒な人生ながら、味に妥協しなかった創業者、竹井寅次さんから伝わる一杯は、遠く離れた豚骨の街でも受け入れられつつある。

 昼時、九州大キャンパス跡地横にある店を訪ねると歩道まで行列が延びていた。ほどなくして入店し、中華そばを注文。スープはしょうゆをきりりと引き立てつつ、鶏のだしがじわりと広がる。手打ち麺はもちもち感が楽しい。煮豚ではなく炭火で焼いた叉焼(チャーシュー)も丁寧さが伝わってきた。

 「おいしいものには手間がかかる。うちは商売人ではなくて職人の店だから」。福島と福岡を行き来しながら指導にあたる2代目の和之さん(61)は笑みを浮かべた。

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 人口約6万人の福島県白河市は、100軒以上のラーメン店がひしめく全国有数のラーメンの街だ。そこでとら食堂が誕生したのは1969年。農業を営む寅次さんが中華そば店で修業し、独立した。すぐに繁盛したが、半年で店を閉めた。「金を酒とばくちに全部つぎ込んだんです」(和之さん)。

 「寅さん」の愛称で親しまれた寅次さん。その生き方も映画のようにユニークだった。暇があれば小遣いを稼ごうと作り方を教えたため、白河にラーメン店が増えた。73年には実家の土地が売れ、それを元手に再び店を持った。その1年後、東京にいた和之さんがUターンした理由は「『ばくちばかりで店がだめになる』と母に言われたから」。

 「おやじがいる時は見て盗む。いない時はチャンスとばかりに自分で作った
」。19歳で弟子入りし、修業の日々が続いた。83年に寅次さんは急逝。それでも「いかに先代を越えられるか」を考えながら腕を磨いた。「基礎ができ、軌道に乗ったのはおやじが死んで5年後くらい」。今では全国に名をはせる店に成長させた。

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 福岡への出店は、ラーメン店「博多一風堂」(福岡市)の創業者、河原成美さん(64)との出会いが大きい。十数年前に知り合って以来、福岡でのラーメンイベントに参加したり、一風堂のスタッフ向け研修会で講師を務めたりするようになった。近年「福岡に来てほしい」との話が持ち上がり、一風堂を展開する力の源ホールディングス(同)の子会社が経営する形で出店にこぎ着けた。

 父親譲りなのだろう。小遣い稼ぎこそしないが、和之さんも教えるのが好きで、これまで約20人の弟子を育てた。全国に巣立っていったが、九州は未知の場所。「福岡の人は水炊きが好きだしね。しかもうちのは濁らせない鶏の一番だし。絶対にいける」。新たな挑戦に不安はないようだ。
 (小川祥平)


=2017/02/02付 西日本新聞朝刊=

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